中医学:太陽病

  2~3世紀に張仲景がまとめた「傷寒雑病論」ではこの太陽病を中心に傷寒(伝染病)を初めとして様々な病気に進行する過程とその治療法がまとめられています。まず初段階、外邪が体表に侵入した状態を太陽病と言います。太陽病では体表に入り込んだ邪気は適切な治療により速やかに追い払うことが必要とされます。しかし、正気が勝って追い払うことができなければ徐々に内部に入り込み、さらに重篤な症状を引き起こします。そのため、傷寒論ではこの初段階である太陽病を特に項目をさき丁寧にまとめて書かれています。

 太陽病とは、風寒の邪が足太陽膀胱経に侵入した段階です。足太陽膀胱系は頭部に起こり、頂部から背部を下って腰に至り、膀胱に属します。風寒の邪が人体を侵入するとき、まず体表部で邪気と衛気(太陽の気・膀胱に下支えされる)との衝突として表面に現れます。厳密には太陽病は邪正闘争が太陽系の経脈上で行われる太陽経病と、病気の舞台が太陽系の腑である膀胱に移った太陽腑病に分けることができます。一般的には太陽病と言えば風寒の邪によっておきり外感病の初期症状としての太陽系病のことを指します。

 太陽病の特徴は「浮脈・頭項強痛・悪寒」の3つです。

 浮脈とは脈をとったときに皮下の浅いところに触れる脈です。これは邪正闘争の舞台もまた浅いところ・体表であることを表しています。
 頭項強痛は頭が痛み、こわばりっているということです。足太陽膀胱経は頭頂から背部を通り、腰へと繋がりますが外邪の侵入により経を流れる気血が阻害され、この後頭部から背にそって痛みが発生します。
 悪寒は表証には必ず現れる症状です。太陽経は皮膚を温めて衛気を走らせる役割を持ちますが、外邪が侵入することで十分に肌表を温めることができず悪寒が生じます。

 この浮脈・頭頂強痛・悪寒の3つがそろえば太陽病との診断となります。

 太陽病はその重篤度により太陽中風・太陽傷寒に分けられます。

 太陽中風は太陽病の代表的な症状である浮脈・頭頂強痛・悪寒に加えて、発熱・発汗・悪風・脈が緩などの症候を呈します。一般には風邪を感受して発生したもので、中風、と言っても脳卒中などの中風とは全くの別物です。中風証の最も特徴的な症候は“汗”です。外邪の侵入により衛気が傷つけられ、衛気と強調して体表を守る営陰が損傷します。営陰は汗腺の働きをコントロールするため、この営陰が傷つくことで発汗します。このときの汗は制御する営陰の消耗のためだらだらという激しい発汗と言うよりじんわりです。この汗のため風に当たることを嫌う「悪風」という症状が追加されます。また、中風証の脈は太陽病の特徴の浮と中風の特徴の緩を合わせた浮緩となります。緩脈とは脈の緊張が弱く、正気が乏しい元気のない体質を表します。中風証は正気が本来虚した状態の方が外邪を感受した虚実夾雑の症候です。

 次に太陽傷寒病です。傷寒病は太陽病の特徴である3つに加え、体の痛み・嘔逆・脈緊などの症状が現れます。中風証が風邪によるのに対し、傷寒病は寒邪によります。中風証との明確な違いは寒邪による血・津液の凝集のため汗が決して出ません。寒邪により衛気が押し込められているため皮膚を温めることが出来ず強い悪寒を感じます。押し込められた衛気は逃げ場がないため鬱熱となり、傷寒病では強い発熱が起こります。そして体痛は寒邪により気血の流れを凝集されることにより起こります。筋肉痛や関節痛など全身の痛みとなります。嘔逆は体表の衛気が阻害されることではによる宣発粛降も滞り、肺気が上逆して咳となったり、陽明胃経に入り吐き気となったりすることです。嘔逆=吐き気ではなく、気の逆行という点で咳も含まれます。脈は中風証とは対照的に寒邪による緊張収縮で浮緊となります。

 太陽病には中風証、傷寒病に加えて温病という類証があります。風邪は中風に、寒邪が傷寒になるのに対し、温病は熱邪が人体に侵入したものです。熱邪による病証のため悪寒がほとんどなく、初期から発熱が顕著で口渇を生じます。表証であるため浮脈、加えて熱証の数脈も合わさり浮数脈となります。温病の注意が必要な点は中風証と傷寒病との誤診です。中風証と傷寒病は辛温解表薬を用い体内を温めて発汗し病邪を撃退することに対し、温病は熱証のため辛涼解表薬で熱を冷まします。ここを間違えて辛温解表薬を用いてしまうと温熱がさらに増強して高熱と手足の灼熱感を伴う風温と化してしまいます。風温の治療には辛涼解表薬に加えて熱によって消耗した津液を補充する甘寒滋陰の方剤を用います。

 一般的な各病証を治療する代表方剤はこのようになります。
中風証→桂枝湯
傷寒病→麻黄湯
温病→銀翹散

 太陽病、とは基本的には風邪の初期症状です。日本で風邪と言えば用いられる葛根湯の位置づけはどうでしょうか。葛根湯は桂枝湯をベースとして麻黄・葛根を加えた方剤で、基本は辛温解表薬に分類されます。今日の日本では風邪の初期→葛根湯と考える人も多いかと思いますが、温病には使えないはずの辛温解表薬をこう安易に使って良いものでしょうか。葛根湯に含まれる麻黄は温める効果が強い風寒の邪に対する生薬ですが、実は葛根自体は実は寒涼性であり、麻黄湯と比較すると熱に偏った方剤ではありませんので安全性は実はかなり高いのです。さらに含まれる桂枝湯が正気のバランスを整えてくれるため、「葛根湯医」のような何でも葛根湯で治す医者、という話もあながち全くありえない話でもないのです。