中医学:当帰芍薬散

 保険調剤で使用される頻度が最も高い方剤の一つかと思います。当芍美人との言葉がありますが、当帰芍薬散が適合する証が色白ほっそりした女性、竹久夢二が描くような美人が多いことに由来する言葉だそうです。薬情を見ると「 血行をよくして体をあたため、貧血症状を改善します。また、痛みをやわらげたり、ホルモンバランスを整える効果も期待できます」というような紹介をされています。補血・活血の作用を持ち、貧血や冷え性を改善する代表方剤のように言われますが、内容を深く見ると意外な姿が見えてきます。

本気のくまにゃんさんによる写真ACからの当帰の写真 

 まず、貧血治療の代表の印象ですが、方剤の中に鉄分は含まれません。当帰芍薬散に限らず、血虚の治療において材料となる鉄は食材から補うことが基本で、補血薬は血の生成を促す作用(例えば胃腸の機能を整えて鉄の吸収を助けるなど)を増強すると考えられます。

 貧血と言えば基本はヘモグロビンの数値を気にするのではないでしょうか。注意して欲しいのはこの血液検査の数値で貧血と指摘を受けたらもうすでに重傷の鉄不足です。鉄はフェリチンというタンパク質により体内に貯蔵されています。生理のある成年女性のフェリチンの基準値は10ng~80ng/mlと言われていますが、このフェリチンの不足による体調不良は60ng/mlから始まると言われています。鉄はヘモグロビンのみが必要としているミネラルではありません。 鉄はコラーゲン生成や脳内の伝達物質の合成にも関与するため、その不足は皮膚や骨の症状や不眠、うつ、集中力の低下など様々な不定愁訴の原因となります。酸素を組織に運搬するヘモグロビンの不足は命の存続に直結するので鉄の利用が最優先で行われますので、そのヘモグロビンが低下し始めたころはもうすでに他の組織では鉄の不足が進行した状態です。

 漢方の世界で言う、血虚はこのフェリチンの不足が始まった時点と考えられます。単に補血薬と患者に説明しても「病因で貧血と言われたことはありません」と突っぱねられるケースは多くあります。服薬の意義をきちんと伝えるため西洋医学の貧血との診断=血虚ではないことは頭に入れてそれをきちんと伝えられるように準備しておく必要があります。

 補血・活血のイメージが強い当帰芍薬散ですが、方剤学で補血・活血薬に分類していることはないと思います。私が手元に置いている本でも一冊は和解剤、もう一冊では化痰利水剤となっています。構成を見ていきましょう。

芍薬・・・18g
当帰・・・9g
川芎・・・9g
茯苓・・・12g
沢瀉・・・9g
白朮・・・12g
効能は養血疏肝・健脾理湿となっています。

 生薬の配合は大きく2つに分かれています。まず、補血調血の四物湯から芍薬・当帰・川芎の3つと、利水剤の四苓散から茯苓・沢瀉・白朮の3つです。

 四物湯は川芎・当帰・芍薬・熟地黄からなる補血薬です。ここで注目して欲しいのは4つの生薬の内、当帰芍薬散に含まれない熟地黄がどんな性質をもつのかです。熟地黄は補血の重要薬であり、四物湯の主薬です。補血力に関しては四薬中熟地黄が最も強力と言えます。その熟地黄が構成から外されているということは、当帰芍薬散の構成において補血効果はそこまで重要とされず、四苓湯が組み合わされていることから、水湿の停滞と脾の弱さがある病態を目標にしていることがうかがえます。それを踏まえると薬性が膩性(水湿の滞りを作りやすい)であり、脾胃の障害を起こしやすいという点も熟地黄が外されるのも納得がいきます。

 配合量が最も多いのは芍薬です。芍薬は補陰血も期待出来ますが、肝陰をよく補い、柔肝作用があります。柔肝は気血の流れを調整する肝の緊張をなだめる作用、自律神経系の調整と言い換えることも出来ると思います。当帰芍薬散は肝陰を消耗することによる気の流れの不調が背景にある病態を意識していると言えます。ここでは養陰作用が大きい白芍が活血の赤芍より適していると考えられます。

 次に配合量が多いものは当帰です。当帰は補血作用と活血調経に働きかけます。調経とは月経の調整、ホルモンバランスの正常化です。保険調剤で使用出来る漢方薬の中で当帰の配合量が最も多いため、生理痛、生理不順、更年期障害など月経が関わる女性のトラブルに広く用いられています。調経作用としての当帰の効果を期待するなら一般薬では圧倒的な当帰の量を配合したコタロー製薬の婦人方やイスクラ製薬の婦宝当帰膠などの選択肢もあり、当帰芍薬散を用いるより切れ味がよいかもしれません。やはり当帰が補う血は肝に入ることから、単なる陰血不足より、肝の疏泄機能の回復を目的として配合されています。

 そして、”血中の気薬”と呼ばれる川芎が、血の流れと気の流れに働きかけています。芍薬により柔肝し整えた肝をバックアップして気血の流れを改善します。

 次いで健脾利水薬の白朮・茯苓・沢瀉について。こちらは四苓散の構成生薬ですが、猪苓が抜かれています。猪苓は利水作用が強く、健脾を持ちません。ここで猪苓が抜かれているのはその強い利水効果が胎児に影響を与えるとの危惧があったからです。そう、今では冷え性や貧血への適応が強い印象ですが、当帰芍薬散は本来は妊娠中の腹痛を意識して作られた方剤です。言われれば、穏やかな活血と利水、脾胃への負担が少ない生薬での補陰血など、つわりなど胃腸の不調と併せてむくみがでる妊婦向きな処方です。

 3薬の中で、比較的強い利水をもつ沢瀉ですが、六味丸にも組み込まれる虚証にも使いやすい安全な利水薬と言われています。茯苓は温和な広範囲に応用可能な利水健脾薬で、安心(気持ちを落ち着ける)作用を持ちます。また、白朮は利水作用は弱いですが、補気健脾に優れ、加えて安胎作用を持ち流産防止に用いられます。

 全体的に当帰・川芎が温性なのに対し、配合量が多い芍薬が微寒、沢瀉が寒であることを考えると方剤全体は平性からやや温性くらいではないでしょうか。特に温める処方ではありません。また、当帰・芍薬は潤性で陰を補う働きがありますが、白朮・沢瀉・茯苓は燥性で使いすぎは乾きを助長します。滞った陰を排除し、そこに動きのいい陰を補い、結果的に乾かすまでの処方ではないと思われますが、積極的な補血効果があるほどではないように思います。

 気血津液の動きが悪いことで冷えや部分的な陰虚・血虚は改善はしますが、基本的には陰血の量の補強よりも巡りの改善への働きかけをする側面が強いと思います。根本的な陰血の虚がある病態には四物湯など熟地黄を含む補陰血をする方剤が適していますし、熱源が弱ければ真武湯や八味地黄丸など陽気を足す方剤との併用を考慮した方が良さそうです。

 当芍美人は色白で冷え性、体力が低下しほっそりした女性のことです。ここにも鍵があり、冷えや体力の低下のような虚が目立ちそうな外感ながら、色白、と言うところから肌質はキメの細かい、決して乾いた肌ではない印象です。巡りの悪さによって部分的な虚と湿の停滞をもつ(乾燥はしていない)病態が当帰芍薬散の目標とする証となります。