腎病の病機

 天体で言えば腎の存在は深い海のような、未だ底知れない命の根源です。
 中医学において腎は人体の真陰真陽を生み出し、精を貯蔵し、水液代謝をコントロールし、気を納め、骨を作る基となり、脳を滋養し、聴覚と大小便の生理機能を統轄します。腎の陰陽気血が失調すると、腎の臓精機能や水分代謝をつかさどる力に影響が現れます。臓精機能の失調は成長発育に影響を与えたり、生殖機能の低下を招きます。また、水液代謝の不良でむくみや冷え、尿のトラブルなどが現れやすくなります。傷寒論の著者である張仲景は「五臓の陰を滋養するのは、腎陰をおいて他にはない」「五臓の陽を発揚するのは、腎陽をおいて他にはない」と述べています。全身の陰陽の調和にはその基である腎陰腎陽の強調が最も重要であると言われています。腎の病機は、主として腎の清気不足、腎の陰陽失調、いずれも虚として現れます。

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腎の清気不足
 腎の清気不足には、腎精不足と腎気不固があります。

腎精不足
 腎精不足が起きる原因は先天的な精の不足、栄養の吸収不良などによる後天失養、高齢や慢性疾患、房事過多(過度な性生活)による消耗などがあります。
 腎精が不足すると発育不足、性機能への障害、老化が早まるなど年代によって様々な病理的変化が現れます。乳幼児期で骨の発育に影響がでると身長が伸びない、骨が折れやすい、腎精が脳を滋養するため物覚えが悪いなどが起きることがあります。思春期では男性はひげが薄い、声変わりが起きない、女性では初潮が遅れる、乳房の発育不良が現れます。壮年期では性機能に影響し不妊や生理不順、インポテンツなどがおこります。中年期以降では老化が早まり、腰膝の弱軟化、難聴、老眼、歩行不良、物忘れが多くなる、認知症などの症状が現れます。
 腎精は生命の根源になるエネルギーのエッセンスです。この腎精を補うには身近な方剤としては滋陰補腎の六味丸や温補腎陽の八味丸です。それでも不十分なときはより補益の力が強い動物性生薬を含むものがよいでしょう。補陰には亀板膠を含む左帰丸、補陽には鹿角膠の含まれる右帰丸です。日本の製薬会社でもいくつか似た方意の製剤が販売されています。

腎気不固
 腎には体の奥に大切なものを貯蔵する性質があります。この性質を固摂作用と言います。腎気の不足によりこの固摂機能が低下する病理的な状態を腎気不固と呼びます。
 原因は幼年期の清気の充足不足、老年期における清気の衰退、房事の不摂生や慢性病による腎気の消耗です。
 腎気不固は腎の封蔵機能の失調と、二便の固摂の失調として現れます。封蔵機能が低下すると腎中の清気が流失しやすくなり、男性では遺精が、女性では滑胎(流産や続くこと)が起きやすくなります。二便に対する固摂の低下は大便失禁や遺尿などが起きます。
 治療には寒熱の様子を見ながら八味丸もしくは六味丸などの腎気丸を用いながら、調補陰陽・収斂固渋の桂枝加竜骨牡蠣湯を用いることができます。

腎の陰陽失調
 腎陰と腎陽の失調は全て虚証として現れます。

腎陰虚
 腎陰虚になる成因は、房事過多による真陰の損傷、邪熱や五志化火(喜・怒・憂・思・悲)による傷陰、慢性病による腎陰の消耗や、他臓の陰虚の波及、陰虚の体質的素因などです。
 腎陰の不足は腎陽の相対的な亢進を意味し、陰虚内熱や陰虚火旺などの病理的な状態が現れます。腎陰不足により身体の痩せ、腰膝の軟弱化がおこったり、相火の亢盛による五心煩熱(手足の熱感と心煩)、または骨蒸潮熱(一定の時間に内側から突き出るような熱気を感じること)、のぼせ、盗汗(寝汗)などがおこります。
 補腎陰には滋陰補腎の六味丸が基本であり、有効です。腎精不足同様、症状が重篤や治療に急を要するときには動物生薬を用いた左帰丸、もしくは左帰丸に含まれる亀板膠を用いた方剤は効果が早く、強く出ます。

腎陽虚
 腎陽虚の成因は心脾陽虚など他臓の陽虚の波及、房事過多、寒涼な薬剤の長期服用や慢性病による消耗、陽虚の体質素因、老化による腎陽虚衰などです。
 腎陽は全身の陽虚の基であるため、腎陽が不足すると全身の陽気に波及し、寒象が現れます。温煦機能が低下するため、体の冷え、寒がりなどがおきます。命門の火が衰弱すると男性では遺精・陽萎(インポテンツ)、女性では不妊症がおこります。腎陽が衰弱すると水液代謝が悪くなり、小便不利(排尿障害)、遺尿、浮腫がおきます。また腎陽が脾を温煦出来なくなると脾の運化機能が低下して五更泄瀉(夜明け前の下痢)などがおこります。
 腎陽虚の治療も代表方剤として温補腎陽の八味地黄丸があります。症状が重ければ動物性生薬を用いた右帰丸、もしくは右帰丸のベースとなる鹿角膠が組み込まれた方剤がよいでしょう。

肝病の病機

 肝は疏泄つかさどっています。肝の疏泄とは気血水をのびのびと全身に広げる生理機能です。肝の疏泄機能の役割は次の6つに分類出来ます。

  1. 全身の気機を疏泄する
  2. 全身の血液の貯蔵流通を調節する
  3. 筋膜を柔軟にし活性化する
  4. 胆汁を疏泄し、運化を促進する
  5. 精を目に送る
  6. 精神情志をのびのびさせる

 肝気は亢進しやすく、横逆しやすく、うっ滞しやすいという特徴を持ちます。このような肝気の亢進をなだめるために肝陰肝血が肝を滋養しています。また、肝陰肝血はさらに目や筋腱が正常に機能するようにこれらを滋養しています。
 肝の病気には肝気の疏泄機能の失調、肝血の滋養機能の低下、肝の陰陽の制約関係の失調があります。肝陽肝気は余りやすく、肝陰肝血は不足しやすい傾向があります。

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肝気鬱結
 肝気鬱結は肝の疏泄機能が失調し、気機が鬱滞した状態です。中医学のバイブルである「黃帝内経・素問」には「百病はみな気より生ず」との記述があるように、全身を巡る気が塞がって鬱滞すれば気の昇降出入が乱れ、さまざまな病証が現れます。
 肝気鬱結が起きる原因としては、怒りなどの精神刺激、情志抑鬱、多臓器の気機失調の波及などがあります。
 気の鬱滞による痛みには“張り”という特徴があります。気滞が生じた部位には膨満感と疼痛(トゲを刺したような、ではなく張り感のある)が生じやすくなります。肝気鬱結の痛みは右脇部に起こりやすいという特徴があります(リンパの流れの右と左の境界線がここにあるから、という説があります)。停滞した肝気と痰飲が咽頭部に停滞すると、梅核気 (喉に梅の実がつまったような閉塞感)や癭瘤(甲状腺の腫れなどの異常)が生じます。気気鬱滞が肝経に集中すると乳房や小腹部脹痛、睾丸部への脹痛、月経痛や閉経がおこります(肝経寒滞)。また鬱結した肝気にあおられて胃に影響すると、胃痛、胃気が上逆するとゲップや嘔吐がおこります。肝気鬱結が脾をあおると脾の運化が失調して腹痛や泄瀉(水様便)が起こります。
 気滞による脹痛には疏肝解鬱・理気止痛の柴胡疏肝散が使えます。咽頭部の不快感は理気降逆・化痰散結の半夏厚朴湯が代表です。肝経寒滞には日本では扱いがありませんが天台烏薬散や暖肝煎など、烏薬、木香、沈香、川楝子や理気行気薬を多く含む方剤を使います。肝気による胃の不調には柴胡疏肝散や四逆散をよく用います。どちらも筋の緊張による痛みを取ってくれる芍薬甘草湯を含むので突っ張った感覚の胃痛には有効です。肝気が脾に影響を及ぼしたときは肝脾不和といいますが、代表方剤は痛瀉要方ですが、こちらも日本では手に入りにくいため四逆散や柴胡疏肝散で代用することが多いようです。

肝火上炎
 肝火上炎は肝陽が旺盛になり化火した状態で、火の性質を持つため顔面頭部に症状を現します。
 原因は肝気鬱結による化火、激怒による肝気暴張、五志化火、心火亢盛など他臓器の飛び火です。
 肝火上炎により頭部に陽気が集中すると、頭痛・頭張・顔面紅潮・目の充血・突発性難聴・耳鳴り・怒りっぽい(自律の興奮)などの症状が現れます。肝火が肺や胃を損傷すると、喀血、吐血、衄血 (鼻血)などを起こし、また肝火により陰血を消耗すると肝陰虚となります。
 肝火上炎には疏肝清熱・健脾養血の加味逍遙散が基本です。心火がある場合は心の清熱が入る女神散も考えられます。肝火犯胃による吐血、肝火上炎による鼻衄には竜胆瀉肝湯が用いられ、喀血には瀉白散などを用います。

肝血虚
 肝の陰血の失調の一つである肝血虚。特徴は血による栄養機能の低下という点です。
 原因は失血過多、慢性疾患による血の消耗、脾胃虚弱による血の生成不足です。
 肝血不足では、血による各部位の滋養が悪くなります。筋脈の栄養状態が悪いと四肢のしびれ、知覚低下や関節の屈伸不利がおこります。肝の開竅する目への滋養が不十分となると目が乾いたり、かすんだりします。また、血虚の乾燥状態が皮膚に及ぶと皮膚の掻痒感が起こり、虚風がおこると、痙攣が起きます。
 四肢のしびれには平肝・解痙止痛の芍薬甘草湯が即効性もありよいですが、長期的には補血の代表である四物湯のような血を補う方剤を服用することが大切です。目の症状にも四物湯は用いることが出来ます。皮膚の乾燥には補血潤燥・止痒の当帰飲子などは補血効果に加えて血虚により風となって生じた痒みにも対応します。虚風による痙攣はよく認知症で使われる柔肝解痙・調和肝脾の抑肝散が使われます。補血薬での治療がベースにはなりますが、肝血虚の原因として脾胃虚弱があるように、脾胃の状態には気を配る必要があります。脾が弱った状態での補血薬の投与はさらに脾虚を悪化させることがあるため、場合によっては四物湯より帰脾湯、婦人方、十全大補湯など補脾を考慮した方剤を優先させることも考えましょう。

肝陰虚
 肝陰虚は肝の陰血不足で、乾燥症状や肝火上炎のような亢進状態が見られます。
 原因は肝火による肝陰の損傷、湿熱、熱邪による肝陰の損傷、腎陰不足の波及などです。
 肝陰虚の主立った症状は2つに分かれます。肝陰不足により肝陽上亢、もしくは肝風内動です。
 肝陽上亢は肝火上炎と似ていますが、肝陰不足による相対的な熱の亢進です。肝陰のもとは腎陰であるため、腎陰の不足によりおこりやすくなります。肝火上炎同様頭顔面の症状が目立ち、めまい、耳鳴り、顔面紅潮、目の充血、情緒不安定などです。加えて腎陰の不足が関与していれば下半身がだるい、痛むなど「下虚」症状が現れます。日本にはない方剤ですが、天麻鈎籐飲のような平肝潜陽・清熱熄風・滋陰をしてくれる方剤もあります。日本では肝腎陰を補う六味丸をベースに、目の症状が強ければ杞菊地黄丸、虚熱を引き下ろしたければ知柏地黄丸を使うことが出来ます。
 肝陰不足で筋脈を滋養出来ず、さらに陰が不足して陽を抑えることが出来ず異常な興奮状態となってめまい、筋肉のぴくつき、手足の震え、痙攣がおきることを肝風内動と言います。熱盛痙攣や重症の熱中症などです。羚羊鈎藤湯があればよいですが、釣藤散や七物降火湯、抑肝散などで対応するようになります。

脾病の病機

 脾は「運化をつかさどる」「昇清をつかさどる」「統血をつかさどる」などの生理機能があります。脾陽脾気は水穀の運化、飲食物の消化吸収と水液の運化、水液の吸収・輸送を調整します。また、吸収した栄養素を上部へ上らせ、全身循環にのせる昇清作用や血液が脈外にあふれないようにする統血作用は脾陽によって調整されます。脾は体の中心部に存在するため、脾の滞りは末端である四肢や肌肉に影響し、脾陽の不足は冷えなどの原因になります。また、脾陰は、脾臓を滋養しており、脾の陽気の生理機能を助けています。
 脾病には脾気陽気の失調と脾陰の失調があります。その影響は、栄養素の消化吸収、津液の運化・輸送、血液の生成・固摂など多岐に及びます。脾の血虚は一般的に述べられません。

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脾陽、脾気の失調
 脾の陽気失調は脾陽脾気の衰弱が主な原因となります。衰弱の程度と、その影響で3つに分かれます:脾気虚損、脾陽虚損と水湿中阻です。

脾気虚損
 脾気虚損は中気不足とも言われます。運化機能の低下と気血の生成力の低下が主な影響です。
 原因は、不適切な飲食による内傷、先天的な虚弱体質、慢性疾患による損傷、思慮過度や労倦(働き過ぎ、怠けすぎ)などです。
 脾気虚弱により運化機能が低下すると、消化不良や口淡無味、食欲不振となります。脾気は栄養分の昇清とともに不要物を降濁する胃の作用も支えています。そのため、清気が昇らないとめまいなど、頭部に影響があり、降濁が悪くなると腹脹が起きます。清気が昇らず、逆に下ると下痢になります。また、脾気虚損で消化不良が起こると気血の生成が低下し、全身の気血不足を引き起こします。加えて、脾気虚弱のために統血機能が低下すると脾不統血となり出血が起こります。脾気虚損は中気下陷(気の持ち上げる力が足りず下に垂れる)の原因となり、脱肛、久泄、内臓下垂がおこります。
 脾気を強くするには益気健脾、惨湿止瀉の参苓白朮散を使い、胃の降濁を改善するためには益気健脾・理気和胃の香紗六君子湯、統血機能を整えるには益気健脾・養心補血の帰脾湯、中気下陷には補中益気・昇陽の補中益気湯を用います。

脾陽虚損
 脾陽虚損は脾気虚損と重なるところも多いですが、さらに陽虚が進行し温煦機能の低下により寒が強いという特徴があります。腹部の冷痛や、四肢の冷え、下痢などの症状として表れます。原因は脾気虚損による陽気不足、内寒旺盛です。異なる成因としては生命の源である腎の命門の火が弱まり、脾陽の補充が行えないケースです。脾陽虚は津液の運化を低下させるため、痰飲(水液代謝の衰えによってできる流れの悪い水もしくは水の塊)を形成し、浮腫を起こします。
 脾陽虚には温中健脾の附子理中湯、寒による痛みが強ければ安中散などを用います。

水湿中阻
 脾の陽気が不足すると水質の運化が悪くなり、水質が停滞します。この状態を水湿中阻と言います。脾虚湿滞にならると痰飲の形成やむくみなどが生じます。この脾虚湿滞には2つの経過があり、湿が停滞することで寒化する場合と熱化する場合があります。一般的に陰虚陰盛であると留まった湿が寒化して寒湿困脾となり、陽盛であると熱化して脾胃湿熱となります。
 脾胃に水湿がたまれば燥湿運脾・行気和胃の平胃散や、水腫には温中散寒・健脾除湿の苓姜朮甘湯も良さそうです。湿が寒化した場合は日本では取り扱いがありませんが健脾・温陽・利水の実脾飲、熱化した場合は滋陰和胃・清熱化湿の甘露飲などを使うことが出来ます。

脾陰の失調
 脾気の失調と比較し多くはありませんが、脾陰が虚する病態もあります。
 原因は主に熱病・食傷・五志化火などによる陰液の損傷や長期の下痢による陰液の損傷です。ほとんどの場合脾気虚損によって水湿が適切に運ばれず脾陰が不足するという気陰両傷として現れることが多くあります。脾の陰津不足で口渇がおき、運化が正常に行われないと食欲不振、腹部の膨満感、泥状便、消化不良がおきます。脾陰虚のために陽が相対的に強くなり、虚熱が生じます。
 脾陰虚には養陰和胃の益胃湯という日本では扱いがない方剤もありますが、麦門冬湯などで優しく胃陰を補いながら補気剤を加えることもできます。熱が強ければ竹葉石膏湯などもありますが、虚している病態には胃に重いので注意が必要です。

肺病の病機

 肺は様々な生体活動を担っています。
・気をつかさどり、呼吸をつかさどる
・宣発と粛降をつかさどる
・通調水道をつかさどる
・百脈を朝(あつ)め、心脈のめぐりを助ける
 肺気は体表に衛気を宣発して肌膚を温め、外邪が体内に侵入することを防いでいます。そのため肺の病変は外邪によるものが多くあります。これは肺が関与する器官、肺を初めとして鼻、喉、肌、大腸などが生体と外界を隔てる役割をもつためです。そうは言っても肺の病変全てが外邪によるものではなく他の臓器の病変に影響を受ける内生の要因から起きるケースも頭に入れなくてはいけません。
  肺は天体に例えると大気圏です。外と内の境界線を引き、外からの不要なものが内に入り込まないようにする第一の壁です。 肺はかよわい臓器と言われますが外邪をまず直に引き受け生体を守る存在ですから、病変が多いのは当然です。弱い、と表現するのは不憫な気がします。

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 肺の陰陽気血の失調は、主として肺の宣発粛降の失調です。肺の宣発粛降が衰えることで気機の昇降出入が影響を受け、呼吸機能の異常・水液代謝や衛外機能の障害・血行障害を引き起こします。肺は気をつかさどる臓器であるため、肺陽は肺気と概括して語られます。また、百脈を朝めるという働きから、肺に血は集中し、肺血虚が起きることはまれです。そのため、肺の機能失調は主に肺気もしくは肺陰の失調に集中します。

肺気の失調
 肺気の失調には、肺失宣降と肺気虚損とがあります。

肺失宣降
 肺失宣降とは肺の宣発粛降機能が正常に働かないことです。原因としては外邪の侵襲、痰湿や悪血の停滞、肝気の昇発過度などです。
 肺気の宣発が弱くなった状態を肺気不宣といいます。宣発は体に正気、それに伴い津液も広く発散し、行き渡らせる機能です。この機能が働かなくなると、咳嗽、胸悶、くしゃみ、鼻閉などの症状が現れます。また、衛気を体表に配備する力も宣発によって行われますので、外邪の侵入をゆるし風邪をひきやすくなったり、または濁気が排泄出来ず無汗になったりします。これは外邪により腠理を詰まらせ、無汗となった麻黄湯が代表の証です。麻黄の宣肺(肺気の上昇)と杏仁の降肺(肺気の下降)で上と下へ気の巡りを確保して、喘息や咳を治療します。
 また、肺気の粛降機能が衰えた状態を肺失粛降といいます。粛降は取り込んだ清気を体内の内側に深く取り込む、または津液を下方に運ぶ働きがあります。そのため粛降がうまくいかなくなると、呼吸が浅くなったり、上逆すると喘息や咳き込み、ひどくなると喀痰、喀血などがおこることもあります。肺気上逆には麦門冬湯など、降逆下気の効能をもつ方剤を用います。
 肺気不宣も肺失粛降も、ともに肺気の上逆を起こし、咳嗽や喘息を引き起こします。また、水分代謝が悪くなり尿量の減少や浮腫がおきることがあります。肺気上逆が水分代謝にも影響を与えて、上焦は実していても下焦は虚しているようなケースでは化痰降気の蘇子降気湯などが用いられます。

肺気虚損
 肺気の虚損とは肺の生体機能の衰えで、衛表不固や津液の輸送機能の失調が起きます。
 その原因は長期にわたる肺失宣降による肺気の損傷、心労などによる生化の源(脾胃)の損傷、病の慢性化による気の消耗などです。
 肺気虚損がおきると宗気と津液の輸送機能が影響を受けます。宗気が弱くなると、呼吸が浅くなる、喘息や息切れなど呼吸機能全体の活動が弱くなります。また、外邪から生体を守る衛気が弱くなると風邪を引きやすくなり、さらにじわじわとした汗 (自汗)でるようになります。肺の親である脾の弱さに原因があれば麦門冬湯や補中益気湯のような脾胃への配慮がある方剤を用い、特に衛気虚が弱いときは玉屏風散などが用いられます。さらに肺気虚損で津液代謝が悪くなると痰飲や浮腫が起きることがあります。この場合は肺気を補う方剤に加えて痰やむくみをさばく防已黄耆湯などが考えられます。
 肺気が失調している病態には、気を激しく動かす方剤を使用すると却って気を消耗するため注意が必要です。傷寒論にもある”先補後瀉”の原則で、虚実が夾雑しているようなときは先に虚の補ってから、後で実を瀉す、と言われます。まず、気虚を治療してから巡りを改善しましょう。

肺陰の失調
 肺陰の失調には、肺の陰津虚損もしくは陰虚火旺があります。肺陰の失調は、肺自身と鼻腔や肌の潤い不足、さらに虚熱が発生する病的な状態です。
 原因は燥熱の邪の侵入、外邪や痰の化火、五志化火(喜・怒・憂・思・恐などの感情)、久咳による肺陰の損傷、腎陰虚など多臓器の陰虚の波及などがあります。
 肺陰の失調は肺が関わる、肺、鼻、喉、肌、大腸などの乾燥症状が目立ちます。空咳、鼻や喉の乾燥、肌の乾燥、便秘などです。陰虚により内熱が発生すると潮熱(毎日一定の時間で熱感が出る)・盗汗(寝汗)・五心煩熱(手足のひらと心のほてり)が起きます。程度がひどくなると痰に血が混じったり、喀血がおこったりします。乾燥が目立てば沙参麦門冬湯、熱が目立てば清燥救肺湯などが用いられます。

心病の病気

 心は五行で「火」に属し、「温熱・向上・昇騰」の性質を持ちます。心は天体に置き換えると地上を暖める太陽です。地球に光や熱を降り注ぎ生命活動のエネルギーの供給を行います。同様に生体においても体を温め、気血の動きのためのエネルギーを供給し、さらに精神活動に深く関わります。心病の病気には陽の不調と陰の不調の2種;心陽心気の失調と心陰心血の失調です。

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心陽、心気の失調
 心陽心気は血脈の温煦作用、血液の循環を推動しており、さらに精神・意識・思惟活動をコントロールします。この心陽心気の失調には虚である心の陽気偏衰と実である陽気偏盛があります。

心陽衰弱
 心の陽気の偏衰は心陽衰弱として現れます。心の陽気が虚弱、もしくは不全となる病態で心陽の温煦作用が衰えるため、虚寒現象が現れます。虚寒とは寒邪に侵された実寒と違い、暖める作用の衰えにより相対的に寒が目立った状態のことです。心陽衰弱には心気虚と心陽虚に分けることができます。
 心陽衰弱の成因としては以下のものが考えられます。
・久病による損傷
・体質的な素因
・老齢による臓器衰弱
・強い邪気による心陽の暴脱

 心陽が衰弱すると心神不足となり、精神・意識・思惟活動が減退します。全体的に抑制的で、精神疲労、精神不振、反応低下、傾眠、呼吸微弱、懶言(話すのを面倒くさがる)などの症状が現れます。
 また、心血の推動が悪くなるため、血行が緩慢・凝滞したりします。そのため寒の症状や、悪化すると心脈を阻滞させることもあります。症状として、心悸・怔忡・前胸部の刺痛・寒がり・四肢の冷え・チアノーゼなどが現れます。
 心陽の衰弱がさらに進行すると、心陽が突然暴脱して顔面蒼白、四肢厥冷、多汗、脈微欲絶(途切れそうな細く柔らかい脈)などが現れます。
 心気虚衰とは、心の生理機能が低下、または衰弱した状態です。心の鼓動が減退すると、脈拍が弱くなったり、血脈が血で充足しなくなります。また、心気衰弱が肺に影響すると衛陽不固となり腠理が緩み自汗が現れることがあります。症状としては心悸・息切れ・精神疲労・倦怠・自汗・顔色蒼白・舌質淡 (赤みが薄くやせている)・脈細弱無力(糸のように細い脈)もしくは結代 (緩慢で時折とぎれる)となります。
 治療方剤の例として、心陽虚には拯陽理労湯、心気虚には炙甘草湯などが用いられます。

心火亢進
 心火亢進は心陽が炎上したものです。心火亢進は実火もしくは虚火と分けることができます。実火は火邪によって熱性が進行し、虚火は心陰の不足によりクールダウンができない状態です。
 実火は邪熱の侵入、痰火の鬱熱、五志化火が成因となり、虚火では陰血の損傷による心陽の相対的な亢進が成因です。
 成因は違えど実火と虚火による病態は似通ったところが多く、また実火によって陰血が消耗し、陰虚火旺という虚火証に移行することもあります。また虚火が体内で長期にわたって内在することで痰が発生し、邪熱を感受し、実熱が強くなることがあります。
 心火亢進が心神に影響すると興奮状態になり、心悸・心煩・不眠・多夢・体をもだえ動かす・言動に異常が身割れるなどの症状が現れます。重篤になると意識不明になることもあります。
 心火亢進のために血熱になると、血流が早くなり、心悸・脈数(早い)、舌質紅絳(鮮やかな赤)で芒刺舌(舌先にトゲ状の隆起)が生じます。また、血熱妄行により出血が起こりやすくなります。
 治療には導赤散(淡竹葉・木通・生地黄・甘草)や瀉心導赤湯(木通・生地黄・黄連・甘草・灯芯草)などが用いられます。赤は心を指しますので、どちらも心の治療を主軸にしています。

心陰、心血の失調
 心陰、心血の失調は、主として心陰虚損・心血不足・心血瘀滞などの病理状態として現れます。

心陰虚損
 成因は過度の心労、情志内傷、心肝火旺により心陰が消耗することです。
 心陰が消耗することで相対的に陽が亢進します。心陽を制御できなくなると浮陽状態となり、興奮状態が現れます。症状としては神志不安定・虚煩・不眠・心悸などが現れます。また、陰虚のため営陰が内守できないと、内熱の外泄するためさらに津液が流れ盗汗となります。
 心の陰虚火旺を原因とする病態には黄連阿膠湯が用いられます。補陰と清熱をかねており、興奮気味の精神状態に効果があります。

心血不足
 失血過多、脾虚による血の生成不足、情志内傷・心労過度による心血の損傷などが原因となります。心血の不足により脈は空になり細弱となります。
 心血不足は心神が滋養出来ず、精神意識が衰弱し、意識が散漫となったり精神恍惚となったりします。不眠・多夢などの症状が出ることもあります。また二次的に心血不足により心気の滋養まで手が回らなくなり、心気虚症状も現れることがあります。
 治療には補血効果を持ちながら清熱作用もある酸棗仁湯が用いられます。

心血瘀滞
 陽気不足による血液凝滞や、淡濁による血脈瘀滞、疲れ、寒邪、情志刺激などでおこります。これは心血の流れが悪くなることで心脈が詰まる病変です。悪血が心脈を詰まらせると息苦しさや前胸部痛となります。
 心血瘀滞となり気血の流れが悪くなると、心悸・征忡(発作性の程度の重い心悸)・前胸部の激痛が起こります。心陽暴脱となって汗が止まらず、四肢の冷えや伏脈(骨に当たるほど力を入れないととれないほど沈んだ脈)が現れます。
 治療には活血薬として広く持ちいられる 冠心II号方など。冠心II号方は一生薬で四物湯の効果を持つと言われる丹参に加え、血瘀とともに現れがちの気滞症状への配慮もされバランスのよい方剤です。

栄養学:タンパク質2

 タンパク質はアミノ酸がペプチド結合で繋がったものです。タンパク質の分子量は小さいものでも5000ほど、大きいもので10万を超えます。その構造は一次構造(アミノ酸配列)、二次構造(部分的な立体構造)、三次構造(全体的立体構造)、四次構造(プリペプチドの結合)のように幾重にも重なる複雑です。

 タンパク質の一次構造はなかなか変性しませんが、立体構造は熱・酸・アルカリで比較的簡単に壊れます。立体構造が壊れればタンパク質はもとの機能を失います。このことを失活と言います。卵の白身が熱を加えることで透明から白になることです。タンパク質の変性は熱、酸素、アルコールの添加、振とう、重金属、食品添加物や塩の添加、X線照射など様々な原因がきっかけになります。卵の白身の例からわかりますが、この変性は不可逆です。

 タンパク質は体内で様々な役割を果たします。酵素・ホルモン・筋肉のような収縮性タンパク・ホルモンの受容体・輸送タンパク質・免疫抗体のような防御タンパク質・コラーゲンのような構造タンパクが全てタンパク質から作られます。

 体の至る所で必要とされるタンパク質。体重50kgの一般的な体格、生活をしている方が一日に作り出す量は200gと言われています。ところが、国民栄養調査では女性の平均摂取タンパクは約60g。とても200gには及びません。この残り140gをどう補っているか?これはタンパク質の他の栄養素と大きな違い「異化と同化」の特性のためです。タンパク質の異化と同化とはつまりタンパク質で作られたものを壊して、また作り直すリサイクルシステムを採用しています。この異化と同化のバランスがとれていることが健康を維持し、若さを保つ秘訣です。リサイクル資源は燃やせるごみに出しませんよね。体を燃やす、エネルギーを得るための代謝は糖質のような効率のよい栄養素にお任せすることが一つの健康維持戦略です。

 タンパク質の摂取量は年々減少傾向で、20年前の20代の平均が60g、これは20年前の75gよりかなり下がっています。厚生労働省が定めるタンパク質の必要摂取量は基本は体重1kg辺りに対して1.2g、つまり体重50kgであれば60gが必要となります。成長期の若年層、ハードなトレーニングをしている人、妊婦や授乳婦はさらに上がります。データだけを見れば、今日本人女性20代の体重は51.3kgなのでこの必要摂取量はなんとかキープしている、もしくはやや少なめくらいです。ただ、注意しなくてはいけないことはこの必要摂取量にはあまり根拠はありません。以前は上限として体重1kgに対し2g以上は摂取すべきではないとされていますが、腎臓病などがあるケースを除き、タンパク質の過剰摂取が健康障害になったケース報告がないため、現在は上限の制限は設定されていません。

 この必要量の目安は、体重によってもちろん変化します。目安としてはご本人の手のひら2枚分の肉と魚と卵、さらにプラス豆製品をとりましょう。動物性の肉、魚、卵を7に対して植物性の豆製品は3ほど。もちろん摂取量に上限はないので最低限の量がこのくらい、という話です。

 年配の方や女性の方で、植物性の食品を主にでタンパク質をとる方がいますが、これではタンパク同化の効率はあがりません。というのも、必須アミノ酸(私達が自分で作り出せない栄養素)の中の一種類、メチオニンが植物性のタンパク質には不足しています。メチオニンはタンパク合成の開始コドンに含まれますので、これが不足するとタンパク合成は進みません。必須アミノ酸と言われる体内で合成できないアミノ酸は9種類。このどれが不足してもタンパクの異化と同化はうまくいきません。これが動物性タンパク7に対し、植物性を3と言われる理由です。

 タンパクが豊富、と言われる食品は大抵が動物由来なのに対し、豆製品がタンパクが豊富なこと、疑問に思ったことありませんか?植物は基本エネルギーを光合成で得ます。光合成によって得られるものは酸素と糖です。そのため植物はデンプンや果糖のような糖質、食物繊維(吸収ができませんが糖質)を多く含みます。その中でマメ科の植物が実らせる豆からは例外的にタンパク質が多く含まれます。この理由は実はマメ科の植物に寄生する細菌が、タンパク質を作るためなのだそうです(マメ科の生薬・甘草にはタンパクが含まれているそう)。

 牛もそうですね。草ばかり食べていますが、体には脂がしっかりついています(美味しい)。牛もまた内臓に寄生する細菌によって脂肪を作り、それを吸収しエネルギーとするようです。私達は食べたものが身になっていくと言われたりしますが、それは完全ではありません。私達の体は食べたものの影響は大きいことは確かです。ただ、その陰で目に見えない細菌の存在を忘れる訳にはいきません。

 学術的ではないですが、かわいいキャラクターとわかりやすい説明。お客様への説明時に参考にしています。

栄養学:タンパク質1

 タンパク質は英語では”protein”。語源はギリシャ語で第一の、を意味するproteiosに由来します。生体の構成成分として、また代謝物質としてもっとも大切な栄養素としてこのような命名をされたようです。

ガイムさんによる写真ACからの写真 

 タンパク質は私たちの体を作る主要な構成成分で、皮膚、筋肉、臓器などの主材料です。体のハード面を作るイメージが強いですが最近ではホルモン、神経伝達物質、免疫抗体などソフト面も多くがタンパク質が関わっていることが注目されています。

 体の60%が水分でできていると言われますが、タンパク質は15~20%、水分を除いたおよそ半分を占めます。そのタンパク質の吸収と消化について今回は調べて行きたいと思います。

 消化機能の低下で最も吸収が影響を受ける栄養素の一つがタンパク質と言われています。消化吸収力に関わるのは咀嚼力、消化器の括約筋の弱まりによる蠕動運動の低下、胃酸などの消化液の分泌低下です。消化力の低下でもたれ感が出やすくなるのでそもそも摂取量も減少します。

 タンパク質を消化するために必要な酵素は総称してプロテアーゼと呼ばれます。主に胃で分泌されるペプシンと膵臓から分泌されるトリプシン、キモトリプシンです。

 胃壁がどんな構造になっているかご存じでしょうか?胃の噴門部と胃体部には胃液を分泌する胃小窩という穴が存在します。胃小窩の内側にはペプシンの前駆体であるペプシノーゲンを分泌する主細胞と塩酸を分泌する傍細胞があります。この傍細胞からはpHが1から1.5にもなる強塩酸が分泌されます。前駆体であるペプシノーゲンがペプシンへ変わる至適pHは1.5前後ですので、この強塩酸は酵素活性を得るため必須です。また、この強い酸により長い鎖が折りたたまれた形であるタンパク質の立体構造(3次構造)が壊れ、プロテアーゼが作用しやすくなります。立体構造が壊れたタンパク質に対しさらに活性化されたペプシンが今度はタンパク質の長い鎖を切り、ポリペプチド、オリゴペプチドのような短い単位にします。このとき、アミノ酸にまでは分解しません。

 医師からの処方で多い胃酸の分泌を抑える作用が強いH2ブロッカーやプロトンポンプインヒビターと呼ばれる薬。特にプロトンポンプインヒビターは近年では多様が増え、自覚症状である胃の痛み、胸焼けなどの症状をかなり切れ味よく改善してくれます。ただ、もちろんその作用上タンパク質の消化能力は落ちるため、タンパク質不足による貧血などの副作用が生じることがあります。貧血のように、症状が表面化してくればまだよいのですが、タンパク質の利用は多岐にわたるため、潜在的なタンパク質不足の方は貧血症状以上に多いと考えた方が良さそうです。特に、胃腸が弱くて胃薬を服用しているケースでは、その胃腸を作るためのタンパク質が薬によって吸収ができなくなるという悪循環が生じる恐れがあります。胃酸の分泌を抑える胃薬は漠然と使用を続けないで、消化剤の併用など違う形で今の状態を離脱していく糸口を見つけるという視点は持たないといけません。

 同様に、酵素が活性を持つには適正温度があります。そのため、過度な冷飲食も酵素活性を落とし、消化力を悪化させます。暑くても基本は冷たいものは飲まないようにしましょう。胃腸は室温以下の冷たいものに接することができるような構造になっていません。体内にこもった熱を冷ますには、脇や首、足の付け根などを必要に応じて冷やす方が体温を低下させることの方が効果的です。

 胃を通過すると、強酸の胃液は十二指腸で分泌される重炭酸イオンで中和され、ペプシンは酵素活性を失います。そのあと膵液から分泌されるトリプシンと、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼによりさらに細かいアミノ酸として分解されます。それぞれの酵素は膵液では前駆体として分泌され、そのあと小腸上皮細胞の酵素によって活性化します。カルボキシペプチダーゼにおいては、小腸において活性化したトリプシンによって活性化され、酵素として働きます。

 その後でも小腸上皮細胞でも数種類のプロテアーゼによってタンパク質の分解は進められます。タンパク質が分解された最小単位はアミノ酸です。糖は基本は単糖になって吸収されますが、タンパク質は3つほど繋がったままのトリペプチド(アミノ酸が3つ繋がったタンパク質)のままでも小腸で吸収されます。その後小腸粘膜細胞内でもさらに一定割合分解され、ジペプチド(アミノ酸が2つ繋がったもの)やアミノ酸になります。最終的には75%がアミノ酸として、25%がジペプチドもしくはトリペプチドとして小腸粘膜細胞から肝臓へと続く門脈へと輸送されます。輸送体にはいくつかの種類があり、腸管から上皮細胞へはNa+アミノ酸共輸送体やペプチド輸送体、上皮細胞から門脈側はNa+非依存性アミノ酸共輸送担体を介して吸収されます。

 唯一トリペプチドとして吸収されるものはグルタチオンです。他のペプチドは毛中に入るまでには全てアミノ酸になるのに対してグルタチオンのみトリペプチドのまま血中に入ります。グルタチオンは肝臓でグルタチオン抱合により有毒物質を解毒し、体外への排出を早めます。そして何より高い抗酸化作用を持ちます。肝臓は解毒をつかさどり、酸化ストレスが高い臓器です。吸収されたグルタチオンはまず門脈を介して肝臓に集まるのは肝機能を守るためにとても効率的なシステムと感じます。

栄養学:精神科疾患とタンパク質

 日本ほど精神科領域において多剤併用が多い国はないそうです。では他国ではどのような治療をしているのか?実は健康管理の基本の基本、栄養療法をきちんとやることが見直されているそうです。

バカボン君さんによる写真ACからの写真 

 安定した心を作るために必要な栄養素として、最近再注目されているのがタンパク質です。栄養学など勉強していなくても知っている、基本の栄養素です。

 タンパク質は糖質、脂質と並んで三大エネルギーと言われ、3つとも体内でアセチルCoAに変換され、エネルギー代謝経路に入っていきます。

 糖質の代謝(解糖系)では
糖質 → グルコース → グルコース6リン酸 → ピルビン酸 →アセチルCoA
         ↕        ↕
            グリコーゲン    乳酸

 脂質の代謝(β酸化)では
脂質 → 脂肪酸 + グリセロール → アセチルCoA

タンパク質の代謝では
タンパク質→ 糖原性アミノ酸 → ピルビン酸 → アセチルCoA
↘ケト原性アミノ酸 → アセトアセチルCoA↗       

 このように、3代栄養素は結局はアセチルCoA(アミノ酸は他のパターンもありますが)に変換されTCA回路に入り代謝されます。栄養素としては、TCA回路に入ってしまえば3つとも同じエネルギーとなります。

 ただ、冒頭で述べたようにタンパク質は安定した心を作るために必要な栄養素です。もちろん筋肉や皮膚などの材料にもなります。加えて、脂質も同様ホルモンや細胞膜の材料となるため、エネルギー供給はグルコースにお任せして、タンパク質と脂質は本来それにしかできない役割に回ってもらうというのが理想的なエネルギーの供給バランスです。

 そういう点では糖質カットなどの栄養戦略もありますがやはりエネルギーとして活用しやすい糖質は、タンパク質と脂質の有効利用のために適度に摂取する必要があります。

 タンパク質が安定した心の状態を保つと言われる理由はタンパク質を分解したアミノ酸が重要な神経伝達物質の材料となるからです。そしてアミノ酸から神経伝達物質の合成にはさらに多くの種類の栄養素が必要です。特にストレスによって消費されるビタミンB群や女性の鉄欠乏は多くの精神症状の原因となります。

 ここから、アミノ酸が神経伝達物質に変換されるまでの道筋を見てみましょう。

L-グルタミン → L-グルタミン酸 → γ-アミノ酪酸(GABA)
     ナイアシン    ビタミンB6
L-グルタミン酸は学習能力や記憶力アップに
GABAは興奮を静める役割・・・GABA入り食品をとることが神経伝達物質として利用されるかは疑問です。

L-フェニルアラニン → Lーチロシン → L-ドーパ → ドーパミン → ノルアド
  葉酸・ナイアシン・鉄  葉酸・ナイアシン・鉄 VitB6  VitC・銅
ドーパミンはやる気、心地よさを
ノルアドレナリンは意欲を上げて、物事に興味を持たせる

L-トリプトファン → 5-HTP → セロトニン → メラトニン
葉酸・ナイアシン・鉄  VitB6  マグネシウム
セルトニンは安心感を
メラトニンは睡眠状態を

 それぞれの伝達物質に様々な役割があります。薬剤師であれば聞き覚えのある名前ばかりではないでしょうか?それだけに薬に頼る前にそれぞれの栄養素を補い、自らの脳の働きを正常にしておく必要があります。

栄養学:糖質2

 糖質、といっても様々な糖があります。

 オリゴ糖、というとお腹に優しいという印象ですが、もう少し詳しく知らないと本質は見えてきません。オリゴ糖の定義は糖質が3から9程度繋がった中程度の長さの糖質です。腸内環境を整えると言われるオリゴ糖はまた特殊なオリゴ糖の一部です。その腸によいオリゴ糖の代表は、人間の母乳に含まれるミルクオリゴ糖と呼ばれるものです。

 ミルクオリゴ糖は単純に人間である私たちがエネルギーとするグルコース、フルクトース、ガラクトースが連なった糖の連なりではありません。そこにはフコースやシアル酸、アセチルグルコサミンなど、さまざまなものが含まれています。そのために消化酵素で分解されず、単純に消化吸収されることなく大腸に運ばれ、次の段階である大腸の栄養素、プロバイオティクスとして働くようになります。

 生まれたての赤ちゃんの腸内環境は無菌のまっさらな状態です。そのまっさらな状態から産道を経てまず、お母さんから有益な菌をもらいます。その大切な菌を育てるのが母乳に含まれるオリゴ糖です。人間の赤ちゃんは体よりも脳の発育を優先しているため、母乳の内容もまた脳への栄養を優先しているそうで、他の母乳動物と比較し糖質多めのアミノ酸少なめといわれています。しかし、その貴重な糖質のなかで20%は赤ちゃんがエネルギーとして利用できないオリゴ糖の形で供給されます。つまり、母乳は赤ちゃんへの栄養として80%、腸内細菌への栄養として20%が含まれています。私たち人間は腸内環境を整えることが生き残り戦略としてかなり大きく占めることがわかります。

 母乳に含まれる残りの80%の糖質は乳糖といわれる状態です。乳糖はグルコースとガラクトースが1:1で繋がったものです。赤ちゃんの腸にはこの乳糖を分解する酵素が存在するのでそれらが腸で分解され栄養素として吸収されます。ガラクトースはまず、腸に吸収され一旦全て肝臓に収容され、グルコースに変換されて体内で利用されます。

 この乳糖(ラクトース)を分解するラクターゼという酵素は日本人に関して言えば成長するのに伴い一般的に活性を失います。乳糖が分解できず、大腸内の浸透圧が上がり、さらに乳糖をガスに変える腸内細菌の活動で牛乳を飲むとお腹がゴロゴロ、ガスがでる、というのは日本人の大人では自然な反応です。牛乳を飲み続けることで乳糖を乳酸や酢酸に変化させる菌が増えてこの腸の不快感が少なくなることはありますが、基本吸収できないことに変わりはないようです。ヨーロッパ人においてはラクターゼ活性が残っていることもあるようですが・・・。

 単糖の中で一番注目なのはフルクトース、これは少し特徴的です。ガラクトースは比較的グルコースの代謝経路をなぞるのに対して、フルクトースは独自の代謝経路を持ちます。フルクトースとは一般的に言われる砂糖のような、甘い糖質のことです。砂糖のような甘味成分はショ糖(スクロース)と呼ばれ、構造としてはグルコースとフルクトースが繋がったものです。

 グルコースは小腸上皮細胞でNaとの共輸送でSGLT1というタンパクを介して吸収されます。SGLTといえば・・・最近糖尿病治療薬で聞き覚えがありますよね。近位尿細管に存在して糖の再吸収をするのがSGLT2で、ここを阻害するのが糖尿病治療薬です。以前リンゴなどの樹皮で用いられた”フロリジン”という成分はかなり初期から糖の再吸収を阻害し、血糖のコントロールを改善すると言われていましたが、このフロリジンの作用点はSGLT1および2両方を阻害します。このフロリジンは尿への再吸収に関わるSGLT2の阻害は血糖コントロールに役に立ちますが、副作用としてSGLT1も阻害するため腸の浸透圧を上げて乳糖同様下痢の原因となり、実用には至らなかったそうです。ただ、現在のSGLT2阻害薬への研究の基になりました。

 話は戻して、フルクトースはグルコースを吸収するタンパクSGLT1とは全く別のGLUT5によって吸収されます。こちらは基本濃度に依存して吸収されます。そして吸収された後、フルコースのグルコースとの一番の違いはまず肝臓で全て回収され、そして中性脂肪へと代謝されることです。肝臓で回収されるフルクトースは体循環に入らず、血糖値を上げない糖質として注目を浴びました。そのため、一時果糖は太らない、などと言われました・・・。

 が、実際のところ果糖は血糖は上げないかもしれませんがの肝臓への負担は実際はかなりのもの、決して健康にいいとおすすめできるものではありません。グルコースが肝臓以外の臓器にも分配して代謝されるところを、果糖は全部肝臓が引き受けます。肝臓が処理するブドウ糖の割合を50%とすると、果糖は100%肝臓で代謝されますから、つまり2倍の負担です。実際、アルコールをほぼ一滴も飲まないのに、甘いものが好きだと肝機能が悪化する例は多いです。

 フルクトースを大量に摂取することでの肝臓への負担は大きくなり様々な健康被害が生まれます。肝臓でのエネルギー代謝がうまくいかないことで尿酸値が上がります。フルクトースの代謝産物は脂肪になるので心臓に負担をかけます。そして肝臓のインシュリン抵抗性を引き上げ、その結果糖尿病のリスクも上がります。肝臓にインシュリン抵抗性があると余分なエネルギーを脂肪細胞に送ることになり肥満を加速します。さらに、フルクトースは老化を引き起こす糖化リスクがグルコースの7倍と言われています。つまり、糖尿のリスクも、がん発生のリスクも、認知症のリスクも跳ね上がります。

 そもそも自然界に果糖はそこまで多くはありません。果実がなる秋を中心に、一定期間摂取できても、それが一年中続くことはあまりありません。そして現代社会では近所のお店で売っているフルーツは自然界のものと比較して品種改良で果糖が豊富になっています。果糖の摂取はこの50年で3倍になっています。

 果糖が肝臓で全て代謝され、体循環に回らない理由は、体が果糖を毒として認識しているから、という説があります。自然界に存在するものがそんなに毒性が?と思われるかもしれませんが、果糖は他の糖類と比較しても依存性が強い特性があります。果糖は植物が種をまくために動物をおびき寄せるためのもの、と考えれば動物の体にいいものでは必ずしもないこともあり得るように感じます。果糖はアルコール同様用法用量を守らなくてはいけないものだと感じます。

栄養学:糖質1

 今回は栄養学、ダイエット界隈、何かと話題の糖質について。

 糖質とは何でしょうか。糖質は脂質、タンパク質とともに3代栄養素の一つであり、もっとも速やかにエネルギーとなります。炭素、酸素、水素からなります。糖質と紛らわしい言葉に炭水化物がありますが、厳密には別のものです。炭水化物の定義は食品から脂質・タンパク質・ミネラル・ビタミン・水分をのぞいたものです。一般的にはこの炭水化物に含まれるものは糖質と食物繊維の2種類となります。分解吸収されて人間がエネルギーとして使えるものが糖質、分解できずエネルギーにならないものが食物繊維です。

 

ケミストのたまごさんによるイラストACからのイラスト 

 

 上の図はアミロース、白米やうどん、おいもに含まれるでんぷんと呼ばれる糖質です。自然界に存在する糖質の基本構造はこのように6つの炭素による輪っかが鎖のように繋がっている構造になります。この鎖状のアミロースはこのままでは大きすぎて微細な小腸の網目をくぐり抜けることはできません。そのため、消化管から口腔から唾液アミラーゼ、膵臓から膵アミラーゼなどのアミロースの鎖を切るための酵素が分泌されます。アミロースと食物繊維の違いは人間が持つ消化酵素アミラーゼでこの鎖を切ることができるかできないかです。私たち人間は食物繊維の鎖を切る酵素を持っていないので吸収されずそのためカロリーがないと言われています。

 このアミロースが分解され、最終的に一つだけになったものが”単糖”、その手前、二つ繋がったものが”二糖”、3つから9つ繋がったものが”オリゴ糖”です。アミロースのようなそれ以上に長い鎖は多糖類と呼ばれます。

 まず、最も糖質の基本となる単糖です。単糖は炭素6つが輪っかになったもので糖質の最小単位です。単糖類は3種類;グルコース(ブドウ糖)、フルクトース(果糖)、ガラクトースがあります。
 次に、二糖もまた3種類;マルトース、スクロース、ラクトースがあります。マルトースはグルコースが2つつながり、ほとんど甘味はありません。スクロースはフルクトースとグルコースが繋がったもので、別名ショ糖、一般的にいう砂糖のことで、甘味が強いのが特徴です。ラクトースはガラクトースとグルコースでできていて、乳糖と呼ばれます。甘味はショ糖の半分以下で、母乳や牛乳の甘味成分です。

 小腸粘膜には単糖を吸収する輸送体(単糖の運び口)しかありません。そのため、酵素で鎖を少しずつ切っていく必要がありますが、私たちにとって利用しやすいエネルギーとなる単糖は腸内細菌にとっても貴重な栄養源です。特に、腸内環境を悪化させる悪玉菌は単糖をエネルギーとして利用するため私たち人体と取り合いになります。そのためアミラーゼによって二糖類にまで分解された糖質が最終的に単糖にまでなる最後のステップは小腸にあるαグルコシターゼによって行われます。つまり悪玉菌に糖を渡さないようにギリギリまで単糖に変化させない、というわけです。

 糖類は水溶性が強いため脂溶性の細胞膜を単純に通過できません。グルコース、ガラクトースは小腸上皮にあるSGLT1という輸送タンパク(受け渡しの窓口)を介して吸収されます。このとき、糖は必ずナトリウムとともに運ばれます。これがOS1など経口補水液が糖とナトリウムを吸収のため一緒に飲むことを勧める理由です。このSGLT1は下痢などのトラブル時も通常と変わらず働きます。

 フルクトースは例外で、GLUT5という輸送タンパク質を介して小腸に吸収されます。こちらの輸送はナトリウムに依存しません。

 小腸で吸収された単糖は門脈を介してその50%が肝臓にまず回収されます。このときの吸収は輸送体GLUT2を介して行われます(GLUT2の取り込みはインシュリンに依存しない)。肝臓はその重量の8%ものグリコーゲンを貯蔵する一番のクリコーゲン保管庫です(筋肉は1%)。このGLUT2の取り込みは肝臓が脂肪肝や肝硬変、肝炎などの炎症を持つと傷害されるため、そういった肝臓疾患を持つと肝静脈に放出される糖質が増加し、食後の高血糖が顕著になります。肝臓に吸収されたグルコースはインシュリンの作用を得てグリコーゲンとして貯蔵されます。また糖尿病のようなインシュリン作用に障害を持つとグリコーゲン合成促進、糖新生の抑制作用が低下しこちらも食後高血糖になります。

 こうして肝臓に取り込まれなかったグルコースは肝静脈から大循環へ流れ、インスリンの追加分泌によってGLUT4を介して各組織に吸収されます。GLUT4により糖を吸収する組織は骨格筋・心筋・平滑筋・脂肪細胞・白血球・膵島のα細胞などです。GLUT4を解する糖の輸送はインシュリンに依存します。これはインシュリン抵抗性が高いと太りやすくなる理由となります。

 肝静脈に放出されたグルコースを最も多く取り込むのは骨格筋です。その割合は70%ほどと言われています。この割合は適切な運動でさらに増加します。

 筋細胞から取り込まれなかったグルコースが行く先は脂肪細胞です。脂肪細胞は脂肪滴という独特の袋を細胞質に持ち、そこに糖質をトリグリセリドとして貯蔵します。

 血糖のコントロールは一般的に知られている以上に精神的な状態に影響を及ぼします。アメリカで精神疾患の診断に一般に用いられるDSM-5では精神疾患の基準の一つとして糖尿病が挙げられています。ここで何が言いたいか、というと中医学で言われる”肝”の働きと西洋学の”肝臓”の働きの類似点です。中医学の肝は疏泄をつかさどると言われ、消化機能、情志の調整をすると考えられています。

 肝の疏摂機能は必要なものを必要な場所に届けることの調整です。中医学の肝と西洋学の肝臓は認識がことなるところが多いのですが、糖の代謝に関しては一致しています。まず、肝臓が血糖を貯蔵し、その残りを他臓器に分配します。そして、血糖が不足しているときは肝臓がその不足を補うため非常食としての血糖を放出します。まさに疏摂をつかさどる、全体の配分を調整する肝の働きです。血糖に関してはまさに“肝”の働きと”肝臓”の働きは驚くほど一致します。

 そして、血糖コントロールの乱れはまさに情志に影響します。これに関しえてまた次回のお話します。