腎病の病機

 天体で言えば腎の存在は深い海のような、未だ底知れない命の根源です。
 中医学において腎は人体の真陰真陽を生み出し、精を貯蔵し、水液代謝をコントロールし、気を納め、骨を作る基となり、脳を滋養し、聴覚と大小便の生理機能を統轄します。腎の陰陽気血が失調すると、腎の臓精機能や水分代謝をつかさどる力に影響が現れます。臓精機能の失調は成長発育に影響を与えたり、生殖機能の低下を招きます。また、水液代謝の不良でむくみや冷え、尿のトラブルなどが現れやすくなります。傷寒論の著者である張仲景は「五臓の陰を滋養するのは、腎陰をおいて他にはない」「五臓の陽を発揚するのは、腎陽をおいて他にはない」と述べています。全身の陰陽の調和にはその基である腎陰腎陽の強調が最も重要であると言われています。腎の病機は、主として腎の清気不足、腎の陰陽失調、いずれも虚として現れます。

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腎の清気不足
 腎の清気不足には、腎精不足と腎気不固があります。

腎精不足
 腎精不足が起きる原因は先天的な精の不足、栄養の吸収不良などによる後天失養、高齢や慢性疾患、房事過多(過度な性生活)による消耗などがあります。
 腎精が不足すると発育不足、性機能への障害、老化が早まるなど年代によって様々な病理的変化が現れます。乳幼児期で骨の発育に影響がでると身長が伸びない、骨が折れやすい、腎精が脳を滋養するため物覚えが悪いなどが起きることがあります。思春期では男性はひげが薄い、声変わりが起きない、女性では初潮が遅れる、乳房の発育不良が現れます。壮年期では性機能に影響し不妊や生理不順、インポテンツなどがおこります。中年期以降では老化が早まり、腰膝の弱軟化、難聴、老眼、歩行不良、物忘れが多くなる、認知症などの症状が現れます。
 腎精は生命の根源になるエネルギーのエッセンスです。この腎精を補うには身近な方剤としては滋陰補腎の六味丸や温補腎陽の八味丸です。それでも不十分なときはより補益の力が強い動物性生薬を含むものがよいでしょう。補陰には亀板膠を含む左帰丸、補陽には鹿角膠の含まれる右帰丸です。日本の製薬会社でもいくつか似た方意の製剤が販売されています。

腎気不固
 腎には体の奥に大切なものを貯蔵する性質があります。この性質を固摂作用と言います。腎気の不足によりこの固摂機能が低下する病理的な状態を腎気不固と呼びます。
 原因は幼年期の清気の充足不足、老年期における清気の衰退、房事の不摂生や慢性病による腎気の消耗です。
 腎気不固は腎の封蔵機能の失調と、二便の固摂の失調として現れます。封蔵機能が低下すると腎中の清気が流失しやすくなり、男性では遺精が、女性では滑胎(流産や続くこと)が起きやすくなります。二便に対する固摂の低下は大便失禁や遺尿などが起きます。
 治療には寒熱の様子を見ながら八味丸もしくは六味丸などの腎気丸を用いながら、調補陰陽・収斂固渋の桂枝加竜骨牡蠣湯を用いることができます。

腎の陰陽失調
 腎陰と腎陽の失調は全て虚証として現れます。

腎陰虚
 腎陰虚になる成因は、房事過多による真陰の損傷、邪熱や五志化火(喜・怒・憂・思・悲)による傷陰、慢性病による腎陰の消耗や、他臓の陰虚の波及、陰虚の体質的素因などです。
 腎陰の不足は腎陽の相対的な亢進を意味し、陰虚内熱や陰虚火旺などの病理的な状態が現れます。腎陰不足により身体の痩せ、腰膝の軟弱化がおこったり、相火の亢盛による五心煩熱(手足の熱感と心煩)、または骨蒸潮熱(一定の時間に内側から突き出るような熱気を感じること)、のぼせ、盗汗(寝汗)などがおこります。
 補腎陰には滋陰補腎の六味丸が基本であり、有効です。腎精不足同様、症状が重篤や治療に急を要するときには動物生薬を用いた左帰丸、もしくは左帰丸に含まれる亀板膠を用いた方剤は効果が早く、強く出ます。

腎陽虚
 腎陽虚の成因は心脾陽虚など他臓の陽虚の波及、房事過多、寒涼な薬剤の長期服用や慢性病による消耗、陽虚の体質素因、老化による腎陽虚衰などです。
 腎陽は全身の陽虚の基であるため、腎陽が不足すると全身の陽気に波及し、寒象が現れます。温煦機能が低下するため、体の冷え、寒がりなどがおきます。命門の火が衰弱すると男性では遺精・陽萎(インポテンツ)、女性では不妊症がおこります。腎陽が衰弱すると水液代謝が悪くなり、小便不利(排尿障害)、遺尿、浮腫がおきます。また腎陽が脾を温煦出来なくなると脾の運化機能が低下して五更泄瀉(夜明け前の下痢)などがおこります。
 腎陽虚の治療も代表方剤として温補腎陽の八味地黄丸があります。症状が重ければ動物性生薬を用いた右帰丸、もしくは右帰丸のベースとなる鹿角膠が組み込まれた方剤がよいでしょう。

肝病の病機

 肝は疏泄つかさどっています。肝の疏泄とは気血水をのびのびと全身に広げる生理機能です。肝の疏泄機能の役割は次の6つに分類出来ます。

  1. 全身の気機を疏泄する
  2. 全身の血液の貯蔵流通を調節する
  3. 筋膜を柔軟にし活性化する
  4. 胆汁を疏泄し、運化を促進する
  5. 精を目に送る
  6. 精神情志をのびのびさせる

 肝気は亢進しやすく、横逆しやすく、うっ滞しやすいという特徴を持ちます。このような肝気の亢進をなだめるために肝陰肝血が肝を滋養しています。また、肝陰肝血はさらに目や筋腱が正常に機能するようにこれらを滋養しています。
 肝の病気には肝気の疏泄機能の失調、肝血の滋養機能の低下、肝の陰陽の制約関係の失調があります。肝陽肝気は余りやすく、肝陰肝血は不足しやすい傾向があります。

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肝気鬱結
 肝気鬱結は肝の疏泄機能が失調し、気機が鬱滞した状態です。中医学のバイブルである「黃帝内経・素問」には「百病はみな気より生ず」との記述があるように、全身を巡る気が塞がって鬱滞すれば気の昇降出入が乱れ、さまざまな病証が現れます。
 肝気鬱結が起きる原因としては、怒りなどの精神刺激、情志抑鬱、多臓器の気機失調の波及などがあります。
 気の鬱滞による痛みには“張り”という特徴があります。気滞が生じた部位には膨満感と疼痛(トゲを刺したような、ではなく張り感のある)が生じやすくなります。肝気鬱結の痛みは右脇部に起こりやすいという特徴があります(リンパの流れの右と左の境界線がここにあるから、という説があります)。停滞した肝気と痰飲が咽頭部に停滞すると、梅核気 (喉に梅の実がつまったような閉塞感)や癭瘤(甲状腺の腫れなどの異常)が生じます。気気鬱滞が肝経に集中すると乳房や小腹部脹痛、睾丸部への脹痛、月経痛や閉経がおこります(肝経寒滞)。また鬱結した肝気にあおられて胃に影響すると、胃痛、胃気が上逆するとゲップや嘔吐がおこります。肝気鬱結が脾をあおると脾の運化が失調して腹痛や泄瀉(水様便)が起こります。
 気滞による脹痛には疏肝解鬱・理気止痛の柴胡疏肝散が使えます。咽頭部の不快感は理気降逆・化痰散結の半夏厚朴湯が代表です。肝経寒滞には日本では扱いがありませんが天台烏薬散や暖肝煎など、烏薬、木香、沈香、川楝子や理気行気薬を多く含む方剤を使います。肝気による胃の不調には柴胡疏肝散や四逆散をよく用います。どちらも筋の緊張による痛みを取ってくれる芍薬甘草湯を含むので突っ張った感覚の胃痛には有効です。肝気が脾に影響を及ぼしたときは肝脾不和といいますが、代表方剤は痛瀉要方ですが、こちらも日本では手に入りにくいため四逆散や柴胡疏肝散で代用することが多いようです。

肝火上炎
 肝火上炎は肝陽が旺盛になり化火した状態で、火の性質を持つため顔面頭部に症状を現します。
 原因は肝気鬱結による化火、激怒による肝気暴張、五志化火、心火亢盛など他臓器の飛び火です。
 肝火上炎により頭部に陽気が集中すると、頭痛・頭張・顔面紅潮・目の充血・突発性難聴・耳鳴り・怒りっぽい(自律の興奮)などの症状が現れます。肝火が肺や胃を損傷すると、喀血、吐血、衄血 (鼻血)などを起こし、また肝火により陰血を消耗すると肝陰虚となります。
 肝火上炎には疏肝清熱・健脾養血の加味逍遙散が基本です。心火がある場合は心の清熱が入る女神散も考えられます。肝火犯胃による吐血、肝火上炎による鼻衄には竜胆瀉肝湯が用いられ、喀血には瀉白散などを用います。

肝血虚
 肝の陰血の失調の一つである肝血虚。特徴は血による栄養機能の低下という点です。
 原因は失血過多、慢性疾患による血の消耗、脾胃虚弱による血の生成不足です。
 肝血不足では、血による各部位の滋養が悪くなります。筋脈の栄養状態が悪いと四肢のしびれ、知覚低下や関節の屈伸不利がおこります。肝の開竅する目への滋養が不十分となると目が乾いたり、かすんだりします。また、血虚の乾燥状態が皮膚に及ぶと皮膚の掻痒感が起こり、虚風がおこると、痙攣が起きます。
 四肢のしびれには平肝・解痙止痛の芍薬甘草湯が即効性もありよいですが、長期的には補血の代表である四物湯のような血を補う方剤を服用することが大切です。目の症状にも四物湯は用いることが出来ます。皮膚の乾燥には補血潤燥・止痒の当帰飲子などは補血効果に加えて血虚により風となって生じた痒みにも対応します。虚風による痙攣はよく認知症で使われる柔肝解痙・調和肝脾の抑肝散が使われます。補血薬での治療がベースにはなりますが、肝血虚の原因として脾胃虚弱があるように、脾胃の状態には気を配る必要があります。脾が弱った状態での補血薬の投与はさらに脾虚を悪化させることがあるため、場合によっては四物湯より帰脾湯、婦人方、十全大補湯など補脾を考慮した方剤を優先させることも考えましょう。

肝陰虚
 肝陰虚は肝の陰血不足で、乾燥症状や肝火上炎のような亢進状態が見られます。
 原因は肝火による肝陰の損傷、湿熱、熱邪による肝陰の損傷、腎陰不足の波及などです。
 肝陰虚の主立った症状は2つに分かれます。肝陰不足により肝陽上亢、もしくは肝風内動です。
 肝陽上亢は肝火上炎と似ていますが、肝陰不足による相対的な熱の亢進です。肝陰のもとは腎陰であるため、腎陰の不足によりおこりやすくなります。肝火上炎同様頭顔面の症状が目立ち、めまい、耳鳴り、顔面紅潮、目の充血、情緒不安定などです。加えて腎陰の不足が関与していれば下半身がだるい、痛むなど「下虚」症状が現れます。日本にはない方剤ですが、天麻鈎籐飲のような平肝潜陽・清熱熄風・滋陰をしてくれる方剤もあります。日本では肝腎陰を補う六味丸をベースに、目の症状が強ければ杞菊地黄丸、虚熱を引き下ろしたければ知柏地黄丸を使うことが出来ます。
 肝陰不足で筋脈を滋養出来ず、さらに陰が不足して陽を抑えることが出来ず異常な興奮状態となってめまい、筋肉のぴくつき、手足の震え、痙攣がおきることを肝風内動と言います。熱盛痙攣や重症の熱中症などです。羚羊鈎藤湯があればよいですが、釣藤散や七物降火湯、抑肝散などで対応するようになります。

脾病の病機

 脾は「運化をつかさどる」「昇清をつかさどる」「統血をつかさどる」などの生理機能があります。脾陽脾気は水穀の運化、飲食物の消化吸収と水液の運化、水液の吸収・輸送を調整します。また、吸収した栄養素を上部へ上らせ、全身循環にのせる昇清作用や血液が脈外にあふれないようにする統血作用は脾陽によって調整されます。脾は体の中心部に存在するため、脾の滞りは末端である四肢や肌肉に影響し、脾陽の不足は冷えなどの原因になります。また、脾陰は、脾臓を滋養しており、脾の陽気の生理機能を助けています。
 脾病には脾気陽気の失調と脾陰の失調があります。その影響は、栄養素の消化吸収、津液の運化・輸送、血液の生成・固摂など多岐に及びます。脾の血虚は一般的に述べられません。

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脾陽、脾気の失調
 脾の陽気失調は脾陽脾気の衰弱が主な原因となります。衰弱の程度と、その影響で3つに分かれます:脾気虚損、脾陽虚損と水湿中阻です。

脾気虚損
 脾気虚損は中気不足とも言われます。運化機能の低下と気血の生成力の低下が主な影響です。
 原因は、不適切な飲食による内傷、先天的な虚弱体質、慢性疾患による損傷、思慮過度や労倦(働き過ぎ、怠けすぎ)などです。
 脾気虚弱により運化機能が低下すると、消化不良や口淡無味、食欲不振となります。脾気は栄養分の昇清とともに不要物を降濁する胃の作用も支えています。そのため、清気が昇らないとめまいなど、頭部に影響があり、降濁が悪くなると腹脹が起きます。清気が昇らず、逆に下ると下痢になります。また、脾気虚損で消化不良が起こると気血の生成が低下し、全身の気血不足を引き起こします。加えて、脾気虚弱のために統血機能が低下すると脾不統血となり出血が起こります。脾気虚損は中気下陷(気の持ち上げる力が足りず下に垂れる)の原因となり、脱肛、久泄、内臓下垂がおこります。
 脾気を強くするには益気健脾、惨湿止瀉の参苓白朮散を使い、胃の降濁を改善するためには益気健脾・理気和胃の香紗六君子湯、統血機能を整えるには益気健脾・養心補血の帰脾湯、中気下陷には補中益気・昇陽の補中益気湯を用います。

脾陽虚損
 脾陽虚損は脾気虚損と重なるところも多いですが、さらに陽虚が進行し温煦機能の低下により寒が強いという特徴があります。腹部の冷痛や、四肢の冷え、下痢などの症状として表れます。原因は脾気虚損による陽気不足、内寒旺盛です。異なる成因としては生命の源である腎の命門の火が弱まり、脾陽の補充が行えないケースです。脾陽虚は津液の運化を低下させるため、痰飲(水液代謝の衰えによってできる流れの悪い水もしくは水の塊)を形成し、浮腫を起こします。
 脾陽虚には温中健脾の附子理中湯、寒による痛みが強ければ安中散などを用います。

水湿中阻
 脾の陽気が不足すると水質の運化が悪くなり、水質が停滞します。この状態を水湿中阻と言います。脾虚湿滞にならると痰飲の形成やむくみなどが生じます。この脾虚湿滞には2つの経過があり、湿が停滞することで寒化する場合と熱化する場合があります。一般的に陰虚陰盛であると留まった湿が寒化して寒湿困脾となり、陽盛であると熱化して脾胃湿熱となります。
 脾胃に水湿がたまれば燥湿運脾・行気和胃の平胃散や、水腫には温中散寒・健脾除湿の苓姜朮甘湯も良さそうです。湿が寒化した場合は日本では取り扱いがありませんが健脾・温陽・利水の実脾飲、熱化した場合は滋陰和胃・清熱化湿の甘露飲などを使うことが出来ます。

脾陰の失調
 脾気の失調と比較し多くはありませんが、脾陰が虚する病態もあります。
 原因は主に熱病・食傷・五志化火などによる陰液の損傷や長期の下痢による陰液の損傷です。ほとんどの場合脾気虚損によって水湿が適切に運ばれず脾陰が不足するという気陰両傷として現れることが多くあります。脾の陰津不足で口渇がおき、運化が正常に行われないと食欲不振、腹部の膨満感、泥状便、消化不良がおきます。脾陰虚のために陽が相対的に強くなり、虚熱が生じます。
 脾陰虚には養陰和胃の益胃湯という日本では扱いがない方剤もありますが、麦門冬湯などで優しく胃陰を補いながら補気剤を加えることもできます。熱が強ければ竹葉石膏湯などもありますが、虚している病態には胃に重いので注意が必要です。

肺病の病機

 肺は様々な生体活動を担っています。
・気をつかさどり、呼吸をつかさどる
・宣発と粛降をつかさどる
・通調水道をつかさどる
・百脈を朝(あつ)め、心脈のめぐりを助ける
 肺気は体表に衛気を宣発して肌膚を温め、外邪が体内に侵入することを防いでいます。そのため肺の病変は外邪によるものが多くあります。これは肺が関与する器官、肺を初めとして鼻、喉、肌、大腸などが生体と外界を隔てる役割をもつためです。そうは言っても肺の病変全てが外邪によるものではなく他の臓器の病変に影響を受ける内生の要因から起きるケースも頭に入れなくてはいけません。
  肺は天体に例えると大気圏です。外と内の境界線を引き、外からの不要なものが内に入り込まないようにする第一の壁です。 肺はかよわい臓器と言われますが外邪をまず直に引き受け生体を守る存在ですから、病変が多いのは当然です。弱い、と表現するのは不憫な気がします。

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 肺の陰陽気血の失調は、主として肺の宣発粛降の失調です。肺の宣発粛降が衰えることで気機の昇降出入が影響を受け、呼吸機能の異常・水液代謝や衛外機能の障害・血行障害を引き起こします。肺は気をつかさどる臓器であるため、肺陽は肺気と概括して語られます。また、百脈を朝めるという働きから、肺に血は集中し、肺血虚が起きることはまれです。そのため、肺の機能失調は主に肺気もしくは肺陰の失調に集中します。

肺気の失調
 肺気の失調には、肺失宣降と肺気虚損とがあります。

肺失宣降
 肺失宣降とは肺の宣発粛降機能が正常に働かないことです。原因としては外邪の侵襲、痰湿や悪血の停滞、肝気の昇発過度などです。
 肺気の宣発が弱くなった状態を肺気不宣といいます。宣発は体に正気、それに伴い津液も広く発散し、行き渡らせる機能です。この機能が働かなくなると、咳嗽、胸悶、くしゃみ、鼻閉などの症状が現れます。また、衛気を体表に配備する力も宣発によって行われますので、外邪の侵入をゆるし風邪をひきやすくなったり、または濁気が排泄出来ず無汗になったりします。これは外邪により腠理を詰まらせ、無汗となった麻黄湯が代表の証です。麻黄の宣肺(肺気の上昇)と杏仁の降肺(肺気の下降)で上と下へ気の巡りを確保して、喘息や咳を治療します。
 また、肺気の粛降機能が衰えた状態を肺失粛降といいます。粛降は取り込んだ清気を体内の内側に深く取り込む、または津液を下方に運ぶ働きがあります。そのため粛降がうまくいかなくなると、呼吸が浅くなったり、上逆すると喘息や咳き込み、ひどくなると喀痰、喀血などがおこることもあります。肺気上逆には麦門冬湯など、降逆下気の効能をもつ方剤を用います。
 肺気不宣も肺失粛降も、ともに肺気の上逆を起こし、咳嗽や喘息を引き起こします。また、水分代謝が悪くなり尿量の減少や浮腫がおきることがあります。肺気上逆が水分代謝にも影響を与えて、上焦は実していても下焦は虚しているようなケースでは化痰降気の蘇子降気湯などが用いられます。

肺気虚損
 肺気の虚損とは肺の生体機能の衰えで、衛表不固や津液の輸送機能の失調が起きます。
 その原因は長期にわたる肺失宣降による肺気の損傷、心労などによる生化の源(脾胃)の損傷、病の慢性化による気の消耗などです。
 肺気虚損がおきると宗気と津液の輸送機能が影響を受けます。宗気が弱くなると、呼吸が浅くなる、喘息や息切れなど呼吸機能全体の活動が弱くなります。また、外邪から生体を守る衛気が弱くなると風邪を引きやすくなり、さらにじわじわとした汗 (自汗)でるようになります。肺の親である脾の弱さに原因があれば麦門冬湯や補中益気湯のような脾胃への配慮がある方剤を用い、特に衛気虚が弱いときは玉屏風散などが用いられます。さらに肺気虚損で津液代謝が悪くなると痰飲や浮腫が起きることがあります。この場合は肺気を補う方剤に加えて痰やむくみをさばく防已黄耆湯などが考えられます。
 肺気が失調している病態には、気を激しく動かす方剤を使用すると却って気を消耗するため注意が必要です。傷寒論にもある”先補後瀉”の原則で、虚実が夾雑しているようなときは先に虚の補ってから、後で実を瀉す、と言われます。まず、気虚を治療してから巡りを改善しましょう。

肺陰の失調
 肺陰の失調には、肺の陰津虚損もしくは陰虚火旺があります。肺陰の失調は、肺自身と鼻腔や肌の潤い不足、さらに虚熱が発生する病的な状態です。
 原因は燥熱の邪の侵入、外邪や痰の化火、五志化火(喜・怒・憂・思・恐などの感情)、久咳による肺陰の損傷、腎陰虚など多臓器の陰虚の波及などがあります。
 肺陰の失調は肺が関わる、肺、鼻、喉、肌、大腸などの乾燥症状が目立ちます。空咳、鼻や喉の乾燥、肌の乾燥、便秘などです。陰虚により内熱が発生すると潮熱(毎日一定の時間で熱感が出る)・盗汗(寝汗)・五心煩熱(手足のひらと心のほてり)が起きます。程度がひどくなると痰に血が混じったり、喀血がおこったりします。乾燥が目立てば沙参麦門冬湯、熱が目立てば清燥救肺湯などが用いられます。