中医学:逍遙散

 日本で更年期障害の治療と言えば“加味逍遙散”。”加味”とは基の処方にアレンジを加えて適応の対象を少し変えたということです。今回は加味逍遙散の基になった逍遙散についてお話しします。

 “逍遙”とはあまり聞き慣れない言葉です。国語辞典によると”気ままにあちこちを歩き回ること。そぞろ歩き。散歩”となっています。逍遙散は更年期障害のような不定愁訴のような様々な訴えがつぎつぎと現れる状態を“症状があちこち歩き回るようにでる”という意味でつけられた、と言う説が1つ。また、肝病を治療する逍遙散が肝本来の自由でのびのびした特性を取り戻す効果があるため、と言われています。

 逍遙散の効能は疏肝解鬱・健脾補血・調経、適応症は肝気鬱結・血虚・脾虚です。構成生薬は以下のようになります。
・柴胡 6g
・白芍 9g
・当帰 9g
・白朮 9g
・茯苓 9g
・生姜 3g
・炙甘草 3g
・薄荷 2g

 ベースは四逆散の変方と言われていますが、四逆散とは大きな違いがあります。四逆散の適応は肝気鬱結・肝脾不和です。四逆散は何らかの肝の不調により肝胆の気血が鬱結することで脾胃の機能に影響を与える“木旺克土”、つまり肝が強すぎて脾を痛めている状態です。それと比較し逍遙散は“木不疏土”、肝脾両虚です。

 逍遙散の適応となる病態は肝鬱という情緒的な不安定感がありますが、それがすぐに「火」となって爆発するようなことはありません。「思うようにいかない」「言いたいことがいえない」などの精神的な不満が多く現れます。逍遙散の適応では、肝鬱とともに肝血虚がセットとして存在します。肝が蔵する血が虚することで肝の機能がうまくいかず、疏節機能が低下し気鬱となります。この肝血虚の原因は3つあると言われ、1つめは元々の体質であり、2つめは肝鬱によって肝血が消耗された結果、3つめは肝鬱が脾を克し、脾の気血を生み出す機能が低下した結果です。

 つまり逍遙散が適応となる病態は肝鬱・脾虚・血虚の3つ巴であり、それぞれがそれぞれの機能低下の原因となる“卵か鶏か”の状態です。
・肝血虚→血が肝を栄養できず疏節機能の低下→肝鬱
・肝鬱→肝鬱が横逆して脾胃を犯す→脾虚
・脾虚→清潔機能の低下→肝血虚

 構成生薬も大きく分けて3つに分かれます。肝血虚の治療と肝鬱の治療、脾虚の治療薬です。

 まず肝血虚の治療として当帰と白芍が用いられています。どちらも比較的脾に大きな負担をかけにくい生薬です。白芍の滋潤効果は柴胡の強い燥性を押さえるために柴胡剤には欠かせません。また肝鬱によって乱れがちな生理周期を整えるために当帰の調経作用が効果を発揮します。

 次に肝鬱を治療する主薬である柴胡と薄荷です。どちらも涼性で気滞による火を加熱しないようにします。どちらも多量用いると解表剤となるため量には注意が必要です。

 脾虚の治療には白朮・茯苓・生姜が用いられます。白朮で健脾燥湿、茯苓で健脾安神、生姜で胃を温め水を散らします。甘草もまた脾気の増量を手助けします。

 以上のことから逍遙散の適合する症状はこのようになります。
・胸部の痛み、または張り
・精神的に元気がない、落ち込みやすい
・食欲不振
・生理不順
加えて以下の症状もよく見られます。
・乳房の張り
・頭痛
・眩暈
・口やのどの乾燥
・便秘

 よく保険調剤で使用される加味逍遙散はこの逍遙散に牡丹皮と山梔子を加えています。牡丹皮は涼血活血に働き、山梔子は清熱効果を持ちます。そのため更年期障害のようなほてりなど熱を持った症状に応用されます。

 他にも血虚が顕著な逍遙散に地黄を加え、黒逍遙散とすることがあります。熱証なら清熱作用の生地黄、寒証なら熟地黄を用います。ただ、脾の力が弱く、食欲が低下している場合は熟地黄は負担が大きくなるので避けます。

中医学:小青竜湯

 風邪の処方としても有名ですが、アレルギー鼻炎、気管支喘息など幅広く用いられる小青竜湯です。

 一般的に小青竜湯はとめどない鼻水やくしゃみに悩まされる鼻炎、水っぽい痰を伴った咳やゼイゼイと喘鳴が伴う咳がでる気管支喘息などに用いられます。使用の目標は単純には、発熱、悪寒などの表証に加え、鼻水(さらさらとした)、痰の絡む咳です。

 小青竜湯は太陽病の中で本来水の停滞がある病態を意識した処方です。心下に水がたまり、食後時間が経過してもぽちゃぽちゃと胃部から音がする証です。この胃内の水が胃気の正常な下降を妨げ、胃気が上逆して嘔気を生じます。水邪が肺を侵すと、肺の宣発粛降という生理作用が失調し、咳嗽が生じます。水飲が停滞し、上焦に水が昇らず口渇を生じることがありますが、それほど水は飲みたがりません。

構成生薬は8味。
・麻黄 3.0g
・桂枝 3.0g
・甘草 3.0g
・芍薬 3.0g
・五味子 3.0g
・細辛 3.0g
・乾姜 3.0g
・半夏 6.0g

 小青竜湯は麻黄湯から杏仁を抜き、乾姜・細辛・五味子・白芍薬・半夏を加えた方剤です。

 大青竜湯とともに、小青竜湯は表裏双解の処方です。麻黄湯をベースに解表を行い、大青竜湯は石膏で裏熱を、小青竜湯は乾姜・五味子・細辛・半夏は裏の寒飲を除去します。熱をとるか、水をとるかの違いです。

 過剰な水の停滞が目立ちますが、麻黄・細辛の組み合わせは麻黄附子細辛湯のような寒が強い陰性症状を思わせます。麻黄附子細辛湯は小陰証の処方ですが、太陽病と小陰病は表裏の関係があるためこのような表裏両感証は臨床的にはよく起こりえます。小陰病は裏の虚寒証なので無熱で悪寒、四逆(手足)が完全に冷え切っている状態です。頭痛、咳、鼻水、発熱があり加えて悪寒が強く四肢の冷え、脈が浮ではなく沈であれば麻黄附子細辛湯の適応です。また、乾いた咳や粘脹な痰をだす者は肺熱証であり、水を動かし、温める小青竜湯は禁忌です。

 小青竜湯を服用後口渇を覚えて水を飲みたがるようであれば寒飲、心下の水気が除かれて胃の陽気が回復し、水分代謝が回復した証拠です。少量飲むのは構いませんが、本来水湿をため込みやすいため飲み過ぎないようにする必要があります。

中医学:太陽病

  2~3世紀に張仲景がまとめた「傷寒雑病論」ではこの太陽病を中心に傷寒(伝染病)を初めとして様々な病気に進行する過程とその治療法がまとめられています。まず初段階、外邪が体表に侵入した状態を太陽病と言います。太陽病では体表に入り込んだ邪気は適切な治療により速やかに追い払うことが必要とされます。しかし、正気が勝って追い払うことができなければ徐々に内部に入り込み、さらに重篤な症状を引き起こします。そのため、傷寒論ではこの初段階である太陽病を特に項目をさき丁寧にまとめて書かれています。

 太陽病とは、風寒の邪が足太陽膀胱経に侵入した段階です。足太陽膀胱系は頭部に起こり、頂部から背部を下って腰に至り、膀胱に属します。風寒の邪が人体を侵入するとき、まず体表部で邪気と衛気(太陽の気・膀胱に下支えされる)との衝突として表面に現れます。厳密には太陽病は邪正闘争が太陽系の経脈上で行われる太陽経病と、病気の舞台が太陽系の腑である膀胱に移った太陽腑病に分けることができます。一般的には太陽病と言えば風寒の邪によっておきり外感病の初期症状としての太陽系病のことを指します。

 太陽病の特徴は「浮脈・頭項強痛・悪寒」の3つです。

 浮脈とは脈をとったときに皮下の浅いところに触れる脈です。これは邪正闘争の舞台もまた浅いところ・体表であることを表しています。
 頭項強痛は頭が痛み、こわばりっているということです。足太陽膀胱経は頭頂から背部を通り、腰へと繋がりますが外邪の侵入により経を流れる気血が阻害され、この後頭部から背にそって痛みが発生します。
 悪寒は表証には必ず現れる症状です。太陽経は皮膚を温めて衛気を走らせる役割を持ちますが、外邪が侵入することで十分に肌表を温めることができず悪寒が生じます。

 この浮脈・頭頂強痛・悪寒の3つがそろえば太陽病との診断となります。

 太陽病はその重篤度により太陽中風・太陽傷寒に分けられます。

 太陽中風は太陽病の代表的な症状である浮脈・頭頂強痛・悪寒に加えて、発熱・発汗・悪風・脈が緩などの症候を呈します。一般には風邪を感受して発生したもので、中風、と言っても脳卒中などの中風とは全くの別物です。中風証の最も特徴的な症候は“汗”です。外邪の侵入により衛気が傷つけられ、衛気と強調して体表を守る営陰が損傷します。営陰は汗腺の働きをコントロールするため、この営陰が傷つくことで発汗します。このときの汗は制御する営陰の消耗のためだらだらという激しい発汗と言うよりじんわりです。この汗のため風に当たることを嫌う「悪風」という症状が追加されます。また、中風証の脈は太陽病の特徴の浮と中風の特徴の緩を合わせた浮緩となります。緩脈とは脈の緊張が弱く、正気が乏しい元気のない体質を表します。中風証は正気が本来虚した状態の方が外邪を感受した虚実夾雑の症候です。

 次に太陽傷寒病です。傷寒病は太陽病の特徴である3つに加え、体の痛み・嘔逆・脈緊などの症状が現れます。中風証が風邪によるのに対し、傷寒病は寒邪によります。中風証との明確な違いは寒邪による血・津液の凝集のため汗が決して出ません。寒邪により衛気が押し込められているため皮膚を温めることが出来ず強い悪寒を感じます。押し込められた衛気は逃げ場がないため鬱熱となり、傷寒病では強い発熱が起こります。そして体痛は寒邪により気血の流れを凝集されることにより起こります。筋肉痛や関節痛など全身の痛みとなります。嘔逆は体表の衛気が阻害されることではによる宣発粛降も滞り、肺気が上逆して咳となったり、陽明胃経に入り吐き気となったりすることです。嘔逆=吐き気ではなく、気の逆行という点で咳も含まれます。脈は中風証とは対照的に寒邪による緊張収縮で浮緊となります。

 太陽病には中風証、傷寒病に加えて温病という類証があります。風邪は中風に、寒邪が傷寒になるのに対し、温病は熱邪が人体に侵入したものです。熱邪による病証のため悪寒がほとんどなく、初期から発熱が顕著で口渇を生じます。表証であるため浮脈、加えて熱証の数脈も合わさり浮数脈となります。温病の注意が必要な点は中風証と傷寒病との誤診です。中風証と傷寒病は辛温解表薬を用い体内を温めて発汗し病邪を撃退することに対し、温病は熱証のため辛涼解表薬で熱を冷まします。ここを間違えて辛温解表薬を用いてしまうと温熱がさらに増強して高熱と手足の灼熱感を伴う風温と化してしまいます。風温の治療には辛涼解表薬に加えて熱によって消耗した津液を補充する甘寒滋陰の方剤を用います。

 一般的な各病証を治療する代表方剤はこのようになります。
中風証→桂枝湯
傷寒病→麻黄湯
温病→銀翹散

 太陽病、とは基本的には風邪の初期症状です。日本で風邪と言えば用いられる葛根湯の位置づけはどうでしょうか。葛根湯は桂枝湯をベースとして麻黄・葛根を加えた方剤で、基本は辛温解表薬に分類されます。今日の日本では風邪の初期→葛根湯と考える人も多いかと思いますが、温病には使えないはずの辛温解表薬をこう安易に使って良いものでしょうか。葛根湯に含まれる麻黄は温める効果が強い風寒の邪に対する生薬ですが、実は葛根自体は実は寒涼性であり、麻黄湯と比較すると熱に偏った方剤ではありませんので安全性は実はかなり高いのです。さらに含まれる桂枝湯が正気のバランスを整えてくれるため、「葛根湯医」のような何でも葛根湯で治す医者、という話もあながち全くありえない話でもないのです。

中医学:苓桂朮甘湯

 いわゆる立ちくらみなど起立性調整障害に用います苓桂朮甘湯。脾虚をベースに発生した寒飲を除く処方です。

 構成生薬は名前からわかる通りの4味です。
・茯苓・・・12g
・桂枝・・・9g
・白朮・・・6g
・甘草・・・6g

 適応症は脾虚の寒飲・効能は温化寒飲・健脾利水です。疲れやすい、食欲がないなどの脾虚症状から痰飲が上部を塞いで脳を滋養する陽気が上昇出来ない状態に用います。痰飲が胃の停滞して胸部に満悶の症状が現れることもあります。

 苓桂朮甘湯は傷寒論が原典となっております。

 「傷寒、若シクハ吐シ、若シクハ下シテ後、心下逆満シ、木上リテ胸ヲ衝キ、起テバ則チ頭眩シ、脈沈緊。汗ヲ発スレバ則チ経ヲ動カシ、身振振トシテ揺ヲ為ス者ハ、茯苓桂枝白朮甘草湯之ヲ主ル。(太陽病中篇 第67条)」

 太陽病(脈沈緊・頭頂強痛・悪寒)は基本発汗法を用いて治療をします。それを吐法や瀉下で誤治したため心と脾の陽気がともに損傷され、痰飲が生じた病態に苓桂朮甘湯は用いられます。このとき下焦の水の制御も失い、中下焦の水と気が一緒になって上衡した病態、ということを表しています。

 君薬の茯苓は穏やかな健脾利水薬です。同じく健脾利水の得意な白朮とともに脾陽を補います。セットで用いられることも多く、真武湯や桂枝加苓朮附湯などにも組み込まれています。よく似ていますが茯苓は脾腎に、白朮は脾胃に、さらに燥湿は茯苓、健脾は白朮のほうが得意など、少し色合いは異なります。

 それに対して桂枝と甘草は心の陽気を補います。特に桂枝は気を縦方向に通す力があり、ここでは心の陽気を温めて通行させ、気の上亢を下降させます。気の上逆による動悸や眩暈には必ず用いられます。この桂枝の特性は「引火帰元」と呼ばれ、虚証によって発生した虚火を、腎を温めて引き戻すと言われています。

 この縦方向に通陽する力のため、苓桂朮甘湯は起立性低血圧や立ちくらみによく用いられます。回転性のめまいは苓桂朮甘湯より沢瀉湯を用います。

 苓桂朮甘湯をベースとした処方に連珠飲があります。連珠飲は苓桂朮甘湯は四物湯の合方です。更年期障害といえば今では加味逍遙散が使われることが多いですが、連珠飲も効果的です。連珠飲は桂枝の作用で腎から浮き上がった熱を引き戻してくれるため、気の上亢によるのぼせ、動悸、眩暈に効果的で、加えて脾虚・血虚への配慮が組み合わされています。肝鬱による気滞症状が強ければ加味逍遙散ですがそれ一辺倒ではなく、腎虚による気の浮陽によるほてりの場合は連珠飲という選択肢も持っていたいものです。

  

中医学:六腑

五臓六腑にしみわたる・・・のような表現を聞いたことがあるのではないでしょうか?お腹がすいたときに滋養のあるものを食べてしみじみ言う言葉です。

実際しみわたるのは五臓ではなく六腑の方ですね。というのも、六腑はまさに飲食・膵液の通り道です。人間は「複雑な形のちくわ」と言った方がいますが、実際私たちの体はちくわ同様、口から肛門まで続く長い管が体の中央を通っています。このちくわの穴が六腑、消化器官です。六腑の役割は飲食物の腐熟・消化と糟粕(栄養素とならない食べ物のかす)を体外に送り出すこと。直接飲食物とは接しない五臓と反対に六腑は”実すれど満たすことあたわず”と言われ、飲食物で一杯になることはあっても気血が満ちることはありません。

六腑は胆・胃・大腸・小腸・膀胱・三焦のこと。それぞれの役割を述べていきます。

まず、肝の裏と言われる胆。胆は胆汁の貯蔵と排泄・決断を主ると言われます。

胆汁は肝で生成され、それが胆に貯蔵され、必要に応じて小腸に排泄されて脾胃の消化機能を助けます。胆は肝の疏泄の力を借りて胆汁を排泄するので、肝の調子が悪ければ胆汁の排泄も十分に行えず、消化力が落ちてしまいます。脇下にはり感や痛み、食欲減退、口が苦く、黄緑色の消化液を吐く「胆汁上逆」、黄疸が発生する「胆汁外溢」などが起こることがあります。

肝が巡らせた考えを胆が決断を下す、肝胆は精神意識の活動をコントロールします。「肝っ玉が大きい」などの言葉から胆は心の落ち着きにとても影響します。また、びくびくして過ごすと胆の病気を発症しやすくなります。

次に脾の裏である胃です。胃は水穀の受納・腐熟を主り、通降を主る、降をもって和とするというのが特徴です。

胃は水穀の海と称され、飲食物の腐熟・消化をし、さらに下の小腸に伝えます。この消化によって飲食物を下に送ることが胃の役割であり、逆に、ここで得た水穀の精微(飲食物から得られたエネルギ-)は脾気によって上昇に上げられます。

水穀の海である胃はあくまで通過点です。次ぐ小腸、大腸に降濁する地震の通降作用を持つため、「降をもって和とする」と言われます。胃の通降作用が失調すると食欲が落ちたり、口臭がでる、大便がでないなどの症状が出やすくなります。また胃気上逆になると酸っぱい匂いのするゲップが出たり、悪心、嘔吐、しゃっくりなどが現れます。

小腸は心の裏です。その役割は受盛の官、化物が出るところ、そして清濁の泌別を主ります。

小腸は胃から送られてきた水穀の消化をさらに進め(化物)、消化物の清濁を分別します。生体のエネルギーとなる清は脾の働きで全身に運ばれ、糟粕は大腸に、余分な水液は膀胱に至り排泄されます。

大腸は肺の裏です。大腸の主な役割は糟粕の伝下を主ることです。

大腸では小腸から伝えられた糟粕をさらに必要な水分を吸収し、大便を形成し肛門から排泄します。胃の降濁作用も受けていますが、このとき肺の粛降作用も大きく影響します。腎は二便(大便と尿)を主ると言いますが、最後にこの肛門の開閉は便の働きで行われます。

次に腎の裏膀胱です。あまりイメージと違和感なく、膀胱は排尿と貯尿がその生理作用です。

肺、脾、腎、三焦によって全身に散布された水液は各組織で利用され、最後には膀胱に達して尿に変えられ、体外に排泄されます。この膀胱の機能が失調すると小便不利(排尿困難)や癃閉(排尿障害・尿閉)などの症状が現れるようになります。

最後に三焦。これはどの五臓にも属さず、胸腹部を占める大腑です。体内のさまざまな気を取り仕切り、全身の気機と機か作用を統轄します。そして水液運行の通路でもあります。

上焦、中焦、下焦と3部に分かれます。

上焦は横隔膜より上で、気の昇発、宣散を主ります。

中焦は横隔膜から臍の間です。脾胃の運化を助け、気血津液を化生します。昇降の要、気血生化の源と言われています。

下焦は臍よりしたの小腸、大腸、膀胱などの臓器です。主な機能は糟粕と尿液の排泄です。

三焦は気化が行われる場所で、気が昇降する通路であり、水液が昇降する通路でもあります。

六腑は一時的にものが満ち足りても、それがからになることが正常です。そのため五臓と比較し、ものがつまった”実”の状態の病が多いようです。

中医学:黄連解毒湯

先日紹介した四物湯に加えて、黄連解毒湯は私にとって初期に覚えた大事な方剤です。もちろん、方剤学から見ても基本の一つに数えられます。

 

黄連解毒湯はこの仕事に入ってから私が始めて服用して、効果が実感できた方剤なんです。中学生から20年以上繰り返しできる手湿疹に抜群の効果でした。

 

正式にはその時服用したのは温清飲。四物湯と黄連解毒湯の合剤です。この温清飲は私が思うに、厳しく諌める父(黄連解毒湯)と優しい母(四物湯)のような方剤。温清飲の中のまさに陰と陽。

 

黄連解毒湯は三焦の実火に対する処方です。効能は瀉火・解毒。主治は三焦熱盛・火毒。

 

まず、火毒とは。熱は盛んになれば火になります。火は甚しければ毒となります。熱→火→毒の順番に重く、体に害を与える存在となります。この熱が高じてできた毒が火毒、黄連解毒湯の適応となります。

 

構成成分は4種類です。切れ味がいい方剤の構成はだいたいシンプル。薬味とそれぞれが清熱する部位を示しました。

 

黄連…中焦(胃・肝・胆)と心
黄ごん…上焦(心・肺・大腸・小腸)
黄ばく…下焦(腎・膀胱)
山梔子(さんしし)…三焦

 

黄連解毒湯の主薬は黄連です。黄連は大寒大苦で、1番清熱作用が強い生薬です。胃熱を清するので中焦の実火を取るといわれ、胃潰瘍、胃出血、胸やけ、嘔吐、口内炎などの治療に使われます。また、神明を主る心の火を清するので、煩躁、不眠、なども解消します。また、血脈を主る心を清することで出血病変を改善し、その凉血作用から肝の熱を解消します。また湿熱を解消するので大腸湿熱にも効果があり、実際殺菌作用も認められています。

 

次に黄ごん。同じく清熱と燥湿が特徴です。上焦の実火を清するのが得意で、歯の痛み、口腔の潰瘍、咽頭痛、扁桃痛、咳嗽など肺領域が専門です。黄ごんが働くのは上、というより肺が主る表面(粘膜)のイメージでしょうか。大腸、小腸にも効果が高く、抗生物質にも匹敵するような殺菌作用があるようです。粘膜に働きかける性質からか、安胎効果があると言われています。清熱効果は止血作用にも通じるので、切迫流産、堕胎後や流産後の出血、月経の出血過多にも応用されます。清熱作用自体はそこまで強くないですが、上昇の熱を下に下げるような下向きの作用もあります。注意が必要なのは漢方薬で報告されるアナフィラキシーのような副作用は黄ごんが原因と見られています。

 

黄ばくは下焦、腎や膀胱の湿熱に効果を持ちます。清する熱は実熱ではなく虚熱。陰虚証によって虚熱が上昇に浮き上がったものを引き下ろす効果もあるので、単に下焦だけに効果があるわけでなく、腎から浮き上がった上焦の熱にも対応します。そのため、通常の陰虚症状、盗汗、遺精、多夢などの症状に関連します。ただ、マイルドな清熱薬として、老人や小児の皮膚症状など、場所を問わない使い方をする場合もあります(梔子はく皮湯)。

 

最後に山梔子、クチナシの実です。山梔子は三焦に通じて、心、小腸、膀胱の経路を介して津液代謝の経路を使って尿から熱を排泄します。

 

全体に強い躁性、寒性があるので胃腸が弱い人には注意が必要です。もちろん明らかな熱症がなければ使うことは危険ですし、陰虚の傾向の人には使えません。また、血熱による出血に効果がありますが、もちろん気虚の出血には使えません(気虚の出血には芎帰艾膠湯が◯)。

 

このような弱点、副作用を軽減するために四物湯などと組み合わせて使うことがあります。こうしてできた合剤が温清飲です。

 

黄連解毒湯が適応する病態として「血熱妄行」という表現があります。血熱妄行とは炎症や自律神経の亢進など生体反応の機能亢進により起こる出血、皮膚疾患などのことです。清熱薬は炎症を鎮め、機能亢進を抑制したりする効果で代謝亢進によって起きる消耗から生体を守る効果があります。そのため、安易な長期の使用は生体の陽気ののびを無理やり抑えこむ副作用があるといえます。必要であれば気血の流れを整えるような陽気不足をフォローする方剤の併用を検討することも大切になります。

 

また、清熱剤による陽気の抑制は抗がん剤の作用と類似していると言われていますので、腎気を抑え込んでいる、といつ作用も考えておく必要があります。

 

黄連解毒湯と構成が似た方剤に三黄瀉心湯があります。黄連、黄ごんを共通として、黄連解毒湯では黄ばくと山梔子で尿から熱を排泄するのに対し、三黄瀉心湯では大黄を採用し、便から熱を排泄する構成。同じく寒性、燥性が強い方剤ですが、大黄を足すことにより便通改善、というより下向きの力を強くした上部の実熱を力強く下へ下ろす構成です。

 

黄連・黄ごん・黄ばくの3種は清熱の代表生薬であり、さまざまな方剤に組み込まれます。どの生薬を選んでいるかをよく観察することは方剤の意図を理解するために役に立ちます。四物湯同様単独での使用は少ないですが、方剤を理解するために基本の処方です。

中医学:気の働きと性質

八百万の神の感覚と同じかもしれませんが、中医学ではすべてのものに気が宿ると考えます。あなたの飲んでいるコーヒーにも、目の前の机にも気は宿っていますが今回のお話は当然人間のなかの気のお話です。

 

学生時代、友人のラトビア人(恐ろしく日本語堪能)に「日本人の言う“気”とは何だ?」と聞かれたことがあります。“気を使う”“気を配る”“気になる”“気をもむ”など日本語には多くの“気”があります。何気なく使っている“気”ですが、あなたはどう説明しますか?

 

中医学の中では気の性質をこのように定義しています。

  • いつでもある
  • どこでもある
  • 絶えず動いている
  • 決まった形はない
  • 直接は見えず、現象を通じて感じることができる

これは人間の気に限らず全ての気に関してです。確かに、湿気も見えませんが、ベタベタして、雨が多くて、冷たいカップが結露したり…感じることはできますね。

 

人間の気はその発生の仕方では2つのタイプがあります。先天の気と後天の気です。

 

先天の気は生まれつき持ち合わせた気。両親から受け継いだ生命力です。体の1番奥深くにある腎にそっと貯蔵されています。

 

後天の気は生きていく上でその都度作り上げる気。食物から取れるエネルギー、栄養のことを中医学で“水穀の気”と言います。この水穀の気を肺から得られてた“清気”と混ぜ合わせて作ります。

 

きるだけ後天の気を補充し、先天の気が磨り減らないようにすることが大切です。しかし、現代人は睡眠不足やストレスで先天の精を使い果たして、後天の精の補充は栄養不足で難しい方が多い様です。

 

次は気の作用です。気の作用は基本5つ。

  • 推動作用
  • 温喣・気化
  • 化生
  • 防衛
  • 固渫・統血

 

推動機能は押し上げる動き、という意味です。気が働くことで成長・発育など生き物として一番大切な働きがコントロールされます。甲状腺機能や性ホルモンの分泌など、他yさに関係するさまざまな働きが気の働きで前に進むことができます。

 

次に温喣作用です。これは身体を温める作用のことです。身体を温める、というと抽象的ですが、ホルモンバランスによって停滞していた代謝をあげるとかそんな役割です。実際の治療では、量の過不足、流れ共に気の温喣作用によって影響されるところがあります。

 

化生反応とは、あるものから違うものをつくる反応です。例えば食物が後天の精に変化するのもそうです。肝臓において有毒なものが無毒に変えられることも、化生反応はそういうと西洋医学的な肝の働きを意識してもいいかもしれません。

 

防衛反応は気の身体の表面にバリアをはる機能です。身体から生気を押し出し、体表において守らせることが大切。気虚、気が足りないと診断される症例ではやはり、水分不足は削られます。

 

次に、固泄、統血作用。これは中医学の特徴的な考え方ではないでしょうか。これは細胞、臓器などから身体の生気・栄養素やホルモン、血液などさまざまなものが漏れ出さないようにする力です。あるべきものをあるべき場所に留める、というのが

 

気は体表を覆い、その働きで病邪に対抗します。気はカラダの表面で接した外邪に反応し、それらを身体の深部に招き入れないようにする働きを持ちます。

 

最後に、最初にお話ししたラトビアの友人の話。私は考えたあげく日本語の“気”は“注意”のことだと答えました。もし良い答えがあれば教えてください。

初めまして、漢方薬剤師のゆりです

初めまして、漢方薬剤師のゆりです。

 

最初に自己紹介。

 

漢方薬剤師として日が浅いですが、少しずつ私の学習ノートとしてこのブログに覚書をしていこうと思います。

 

私が薬剤師を志したのは小学5年。母の何気ない、「じゃ、薬剤師になったらいいんじゃないの?」という一言から、薬剤師という職業を知りました。

 

当時私はお菓子作りにどハマり。毎週末何がしかのお菓子を作っていました。同じような材料、小麦粉、砂糖、卵、バター作るのに配合が違うだけで驚くほど出来上がったものが違う。この1+1が2にならない感覚がたまらなくて本に書いてあるレシピは次から次へと試して作ってました。

 

小学校の卒業アルバムに書いた夢はそのまま薬剤師。当時の夢を叶えたことは自分の中で大きな自慢であり自信です。

 

10年以上たち、形としては小学生自体の夢を叶えたものの、最初の勤務は大忙しの総合病院。何かを考える暇もなく時間は過ぎて行きました。

 

その後調剤薬局に数年勤務しましたが、仕事にはずっと身が入らず、いつでも転職してやろうと、いつも薬剤師の仕事以外のことに目を向けていました。

 

正直、がっかりしていたんです。薬剤師の仕事ってこんなものなのかな、と思ってたんです。医師からの処方通りにするばかりで発展性もなく、患者の訴えを聞いても内心治る自身もないのに「お薬ちゃんと飲んでください」と言うしか他にない。そもそもいえば、そんなにがむしゃらに取り組んでもいなかったのに、生意気ばかり言う中身のない時代でした。

 

でも、生活は安定するし仕事とはそんなもんかなと思ってました。

 

その後なんとなくのきっかけで漢方の薬局勤務に転職。それが運命の分かれ道でした。転職時の最初の面接で「あなたはきっといい治療家になると思う」と言われ胸が熱くなりました。そう、私は薬剤師とかではなく治療をしたいんだ!

 

その後もすんなり行かないことも多くじたばたする日々ですが少しずつ、本当に少しずつ自分の心に背かない仕事ができるようになりました。

 

1+1が2以上になるように、期待以上のことができるように。自分のする仕事が、偶然頼って来てくださったお客様と、共に戦う仲間と、そして自分自身を幸せにするものであることを目指して。

 

そんな仕事ができる薬剤師であろうとここに記録を残そうと思います。