中医学:血の役割

今日は気血津液の2つ目、血のお話です。

 

巡るもの、気血津液の3つの中でも陰陽があります。陽は上へ向かう、発散、積極的などの要素です。この性質はまさに“気”です。その対として津液と血は限定的な動きをし、より物質的で、陰の存在です。

 

その中でも血は特に陰の要素が強い存在です。津液よりさらにどろっと動きが悪く、動きに自由度が少ないですからね。中医学でいう血は西洋医学でいう血とイコールではないのですが、重なる部分も多いです。

 

気血津液3つとも体内を巡る存在ですが、その中でも血は決まったルート、つまり血管の中を流れる最も自由度の少ない存在です。これは大きな特徴です。気はいたるところに存在しますし、巡る方向も自由度が高いです。逆に抑え込む、閉じ込めるような働きかけをするとその性質はうまく生かされません。また、津液も気ほどではありませんが、決まったルートを持たず、緩やかに体内を流れる存在です。

 

血の運行の特徴は主に3つあります。

  • 止まることはない
  • 決まったルート(血管内)を循環
  • 一定のリズムがある

動き方としてはいわゆる“血液”と同じイメージで理解して問題ないと思います。

 

気と比較し、自由度が少ない重たい物質が血です。重い(粘度が高い)だけに滞ることも多いですが、その分カラダに与えるエネルギー的な影響力はとても強いです。

 

ちょっと違うかもしれないんですが…血はとても男性的な存在だと思います。自由度は低いけれど辛抱強く、現実に与える影響力がとても大きい。これはとても概念的なお話なんですが…。

 

そして力強い男性性を誘導するのが女性性です。この女性性として気が存在します。

 

血は血単体ででにょろにょろと動くわけではなく、気によってコントロールされる必要があります。それが“気の推動作用”と“気の固摂作用”です。

 

推動作用は脈の中の血を動かす気の力です。固摂作用は血を脈の中にとどめておく力。この2つの力があって、血はスムーズな運行を行うことができます。

 

次は血の働きです。

 

まず血は全身を巡ることで身体中に栄養と潤いを与えます。これも西洋医学の血のイメージと同じですね。血のめぐりが悪ければ、酸素も届きませんしエネルギー届きません。そのため血の不足(血虚)や血の運行の悪さ(血お)はさまざまな病態を生む結果になります。血を豊かになるためにはその材料を取り入れるための“脾”の働き、そして全身に血液を滞りなく配分するためには“肝”の働きが大切になります。

 

さらに血は精神活動を支える働きがあります。精神活動とは中医学では“神”と表現されます。具体的には「精神・意識・感情・記憶・睡眠」などです。これらの精神活動の鎮静や安寧、つまりクールダウンに必要なものが血だと考えられています。

 

例えば血液が不足している時は不安や不眠症状が強く出ますし、熱邪が血に入り込んだ血熱の状態ではイライラする、落ち着かないなど異常な状態が現れます。

 

血液不足というと貧血ですが、ここでの血液不足、血虚は貧血とは異なります。貧血はどちらかというと酸素がきちんと臓器に行き渡らない“気虚”と思った方がいいかもしれません。

 

ただ、鉄不足は関係しているように思います。お客様に「血虚かもしれません」とお話しすると高確率で「私、お医者さんから貧血と言われていません」と反論される方は多いですが、中医学血虚はヘモグロビンの数値ではありません。ヘモグロビンは体内に酸素を運ぶ大切な血液成分ですので、体内でも優先的にヘモグロビンは作られるようになっています。そのためこの数値だけ見ていると他の場所での鉄の利用率の悪さなどを見落としてしまいます。直接的に関係するかわかりませんが、鉄の不足は脳内伝達物質の生成を阻害し、精神状態に影響を与えることが指摘されています。ヘモグロビンの数値より、もう一歩進んだフェリチンという体内の貯蔵鉄の指標の方が血虚の病態と結びつくように思います。

 

カラダの構造物で血と関わりが大きいのは髪、爪、筋肉、皮膚など。そして視力や大脳機能、月経との関わりも深いですね。

 

血の生成にはやはり気が関係しています。これは気の生血作用と言われています。そのため血の不足の病態に補血薬ではなく捕気薬を使う、というのは常用手段です。代表的な方剤はやはり帰脾湯でしょうか。

 

気は血を生み(気の生血作用)、気は血を動かし(気の行血作用)、気は血がもれでることを防ぐ(気の摂血作用)…これらを聞いていると血は気に頼りっぱなしな印象を受けますが、もちろんそんなこともいありません。陰陽のお話の時に、陰と陽はどちらも片方がなければ存在もしくは機能ができないお互いが補い合っているとお話ししました(例えればファミコン本体とカセットソフト!)。血が気なくしては存在できない、本来の働きが行えないことと同様に気もまた血がなくては十分にその役割をこなすことができません。中医学では、気は移動をするために血を乗り物にしている、と考えます。目に見えない気は目に見える血に宿ることでカラダにとどまることができるのです。

 

乗り物、という例えをすれば血は栄養を運ぶトラックなのに対し、気がドライバーというイメージで十分かもしれません。

 

 

 

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